採用・定着に向けた人事労務戦略のはじめ方 健康経営・くるみん等の「公的認定制度」と「公表義務」を総まとめ
2026年10月16日
最近、若年層の採用や定着のために、「働きやすい会社であること」を対外発信することが重要な人事労務テーマとなっています。
そこで注目されているのが、健康経営優良法人、くるみん、えるぼし、ユースエールといった公的認定制度です。これらの認定を受けることで、採用活動や企業広報において自社の取組を伝えやすくなるほか、社内に対しても「会社として何を重視しているのか」を示す効果が期待できます。
一方で、こういった認定制度は単なる「認定マークの取得」にとどまるものではありません。背景には、女性活躍推進法や次世代育成支援対策推進法に基づく一般事業主行動計画の策定・届出・公表、男女間賃金差異等の情報公表、育児休業取得状況の把握、労働時間や有給休暇取得状況の管理といった、企業規模に応じた法定義務や実務対応があります。
本コラムでは、社会保険労務士の視点から、主要な公的認定制度の概要と、企業が押さえておきたい法定義務・実務対応のポイントについて整理します。
1. 公的認定制度は「働きやすさ」を可視化する仕組み
人事労務分野の公的認定制度で代表的なものとして、健康経営優良法人、くるみん、えるぼし、ユースエールが挙げられます(図表1参照)。それぞれ制度の目的や評価される領域は異なりますが、いずれも企業の取組を外部に示すための有効な手段となります。
- 健康経営優良法人
- 従業員の健康管理を経営的な視点で捉え、戦略的に実践している法人を顕彰する制度です。健康診断の受診管理、ストレスチェック、メンタルヘルス対策、生活習慣病対策、長時間労働対策、ワークライフバランス推進など、幅広い取り組みが評価対象となります。
- くるみん
- 次世代育成支援対策推進法に基づき、仕事と子育ての両立支援に積極的に取り組む企業を認定する制度です。育児休業制度の整備だけでなく、実際の育児休業取得状況、男性の育児休業取得促進、育児期の従業員が働き続けやすい職場環境の整備などが重要なポイントとなります。
- えるぼし
- 女性活躍推進法に基づく制度であり、女性の活躍推進に関する取組状況が一定水準に達している企業を認定するものです。採用、継続就業、労働時間、管理職比率、多様なキャリアコースといった観点から評価されます。
- ユースエール
- 若者の採用・育成に積極的で、若者の雇用管理の状況が優良な中小企業を認定する制度です。新卒者等の離職率、平均所定外労働時間、有給休暇取得状況、育児休業取得状況など、若者が安心して働ける環境であるかが確認されます。中小企業にとっては、自社の雇用管理の健全性を示す材料にもなります。
| 制度名 | 主な目的 | 主な対象企業 | 採用・定着への訴求ポイント |
|---|---|---|---|
| 健康経営優良法人 | 従業員の健康管理を経営課題として捉え、戦略的に取り組む企業を見える化 | 大規模法人部門/中小規模法人部門 | 「従業員の健康を大切にする会社」として企業イメージを向上し、離職防止・エンゲージメント向上につなげやすい |
| くるみん・トライくるみん・プラチナくるみん | 仕事と子育ての両立支援に積極的な企業を認定 | 一般事業主行動計画を策定し、一定基準を満たす企業 | 「子育てしながら働き続けやすい会社」として、若年層・子育て世代への訴求力が高い |
| えるぼし・プラチナえるぼし | 女性の活躍推進に関する取組状況が優良な企業を認定 | 女性活躍推進法に基づく行動計画策定・届出を行い、一定基準を満たす企業 | 「女性が活躍できる会社」として、採用広報・人的資本経営の訴求に有効 |
| ユースエール | 若者の採用・育成に積極的で、雇用管理が優良な中小企業を認定 | 主に中小企業 | 若手人材に対し「安心して働き、成長できる会社」と訴求しやすい |
2. 認定取得の前に確認すべき「法定義務」
公的認定制度を検討する際に注意したいのは、認定取得の前提として、まず法定義務への対応状況を確認する必要があるという点です。たとえば女性活躍推進法では、常時雇用する労働者数に応じて、一般事業主行動計画の策定、労働局への届出、社内周知、外部公表、女性の活躍に関する情報公表等が求められます。企業は単に制度を整えるだけでなく、実績値を正確に把握し、説明できる状態にしておく必要があります。
「認定を取りたい」と考えたときに最初に行うべきことは、申請書類の作成ではありません。自社がどの法律の義務の対象となっているのか、行動計画の策定・届出・公表ができているのか、情報公表に必要なデータを把握できているのかを確認することが出発点となります。図表2に公表義務等の義務項目を整理したので、ぜひ確認ください。

図表2の「行動計画」について、常時雇用する労働者が100人超の企業には、女性活躍推進法と次世代育成支援対策推進法(次世代法)のそれぞれに基づき、「一般事業主行動計画」の策定・届出・社内周知・外部公表が義務付けられています。名称は同じですが、両法の目的や求められる内容は異なるため、原則として、それぞれの法律に基づく行動計画を策定し、個別に届け出る必要があります。
女性活躍推進法は、女性が職業生活において能力を十分に発揮できる環境を整備するための法律です。女性管理職比率の向上だけでなく、採用、配置、育成、評価・登用、継続就業、正社員への転換、男女間賃金差異の改善など、課題に応じた数値目標と取り組みを定めます。
次世代法は、仕事と子育ての両立を支援するための法律です。育児休業等の取得促進、男性の育児参加、育児中の柔軟な働き方、復職支援などに関する取組を定めます。
つまり、長時間労働の削減、柔軟な働き方、育児期の継続就業といった取組は、両法で重複する領域です。
一方、女性の採用・配置・育成・登用や男女間賃金差異の改善などは主に女性活躍推進法、男性を含む育児休業等の取得促進や仕事と子育ての両立支援などは主に次世代法の取り組み事項です。
また、行動計画を策定・変更する際には、両法とも、状況把握・課題分析に基づく数値目標の設定が求められています。
3. 認定制度ごとに問われる実務テーマは異なる
公的認定制度は、いずれも「働きやすい会社」を示す制度として語られることが多いものの、実際に問われる実務テーマは制度ごとに異なります。そのため、自社の課題や採用上の訴求ポイントに応じて、どの制度を優先するかを検討することが重要です。
- 「健康経営優良法人」を目指す
- 従業員の健康課題をどのように把握し、どのような施策を実施しているかが問われます。健康診断の受診率や有所見者へのフォロー、ストレスチェックの実施、長時間労働者への面接指導、メンタルヘルス不調者への対応、休職・復職支援など、産業保健と労務管理の両面からの整備が必要です。
- 「くるみん」認定を目指す
- 育児休業制度の周知、男性育児休業の取得促進、短時間勤務や柔軟な働き方の整備、復職支援、管理職の理解促進などが重要となります。特に、制度はあるものの利用しにくい雰囲気がある場合や、育児休業取得者の業務を周囲が属人的にカバーしている場合には、職場運営上の課題をあわせて見直す必要があります。
- 「えるぼし」認定を目指す
- 女性の採用比率や継続就業、管理職登用、長時間労働の是正、キャリア形成機会の提供などが論点となります。長時間労働を前提とした働き方、転勤や配置のあり方、評価・登用基準の透明性、育児期のキャリア形成など、組織全体の人事制度や運用に関わるテーマとして整理する必要があります。
- 「ユースエール」認定を目指す
- 若者の採用・育成に関する情報公表や、離職率、労働時間、有給休暇取得状況などが重要となります。採用段階のミスマッチ防止、入社後の育成体制、メンター制度、評価・フィードバックの仕組みなどもあわせて見直すことが有効です。
4. 実務でつまずきやすいのは「データの所在」と「定義」
認定制度や情報公表への対応で、企業が実務上つまずきやすいのは、制度そのものの理解よりも、必要な人事労務データをすぐに取り出せないという点です。たとえば、男女間賃金差異を算出するには、男女別、雇用管理区分別、正規・非正規別などの賃金データが必要となります。
くるみん認定やユースエール認定を検討する場合には、育児休業取得率、平均残業時間、有給休暇取得率、離職率などのデータも確認しなければなりません。
これらの情報が給与システム、勤怠システム、人事台帳、Excel管理表、各部署の個別管理資料などに分散していることがあります。特に注意が必要なのは、「管理職」「正社員」「非正規社員」「常時雇用する労働者」「育児休業取得者」「離職者」といった基本的な定義です。制度ごとに求められる集計対象や計算方法が異なるため、社内で普段使っている管理区分をそのまま使えばよいとは限りません。公表数値は対外的に示す情報であるため、後から説明を求められた場合に、どのような定義・計算方法で算出したのかを明確にしておく必要があります。
5. 認定取得を目的化しないことが重要
公的認定制度は、採用広報や企業イメージ向上において有効な手段となります。一方で、認定マークを取得すること自体が目的化してしまうと、社内の実態と対外的な発信にギャップが生じるおそれがあります。たとえば、健康経営優良法人の認定を取得していても、実際には長時間労働が常態化していたり、メンタルヘルス不調者への対応が属人的であったりすれば、従業員の納得感は高まりません。
重要なのは、認定取得を通じて自社の人事労務上の課題を把握し、改善につなげることです。認定制度は、外部にアピールするためだけのものではなく、自社の人事労務管理を点検するための実務ツールとして活用することができます。
自社の数値を集計してみると、これまで見えていなかった課題が明らかになることがあります。こうした課題を踏まえて施策を見直すことで、採用力、定着率、エンゲージメントの向上につなげることができます。
6. 企業がまず取り組むべき実務対応
これから公的認定制度や関連する法定義務への対応を進める場合、まずは次の順序で整理するとよいでしょう。
自社に適用される法定義務を確認
常時雇用する労働者数、企業規模、既存の行動計画、届出状況、情報公表の更新状況を確認し、未対応事項がないかを把握します。女性活躍推進法、次世代育成支援対策推進法、育児・介護休業法、労働時間管理に関する法令など、関連する法令を横断的に確認することが必要です。
目指す認定制度の選定
すべての制度に同時に取り組むことが理想的とは限りません。自社の経営課題や採用ターゲット、人的資本経営上の重点テーマに照らして、健康経営、子育て支援、女性活躍、若者採用・育成のどこから着手するかを決めることが重要です。
必要データの棚卸し
賃金、勤怠、休業、評価、配置、異動、離職、健康診断、有給休暇取得状況などのデータがどこにあり、どのような単位で管理されているかを確認します。あわせて、集計に必要な項目が不足していないか、データの更新頻度や責任部署が明確かを確認する必要があります。
行動計画や社内施策の実態に即した設計
行動計画は、形式的に目標を掲げるだけでは十分ではありません。現状分析を踏まえたうえで、達成可能性のある目標を設定し、具体的な取組内容、担当部署、スケジュール、進捗確認方法を定めることが重要です。
継続的にモニタリングできる体制の整備
認定取得後も、更新や再申請、情報公表、社内改善が続きます。一時的なプロジェクトとして対応するのではなく、通常の人事労務業務の中で運用できる仕組みを整えることが、実務上のポイントです。
7. 人事労務データの整備が対応の成否を分ける
今後、人的資本経営、女性活躍、健康経営、育児・介護との両立支援といったテーマは、企業にとってますます重要性を増していくと考えられます。これらに共通するのは、いずれも「データに基づく説明」が求められるという点です。
公的認定制度への対応は、人事労務データベースを整備するよい契機になります。給与、勤怠、人事情報、休業情報、健康管理情報等を一元的に管理し、必要な項目を適時に集計できる体制を整えることで、行動計画の策定、情報公表、健康経営の取組状況の確認などを効率的に進めることができます。
また、人事労務データの整備は、採用戦略や人材育成、離職防止、労務リスク管理にも活用できます。たとえば、若手社員の離職傾向、部署別の残業時間、育児休業取得後の復職状況、管理職候補者の育成状況などを継続的に把握することで、感覚的な人事施策から、データに基づく人事労務戦略へ移行しやすくなります。
人事労務データの整備というと、システム導入だけに目が向きがちですが、重要なのは、何のために、どのデータを、どの定義で管理するのかを明確にすることです。制度対応に必要な項目を整理したうえで、既存の給与・勤怠・人事システムやExcel管理表を見直し、必要に応じて人事データベースの整備を進めることが望まれます。
8. まとめ
公的認定制度は、企業の働きやすさや人材活用への姿勢を社内外に示す有効な手段です。採用力の向上、企業イメージの向上、従業員エンゲージメントの向上といった効果も期待できます。
一方で、認定取得を検討する際には、関連する法定義務への対応状況、人事労務データの整備状況、社内施策の実効性をあわせて確認する必要があります。認定マークを取得することだけを目的にするのではなく、自社の人事労務課題を見える化し、改善につなげることが重要です。
特に、女性活躍推進法や次世代育成支援対策推進法に基づく行動計画、情報公表、男女間賃金差異、女性管理職比率、育児休業取得状況、労働時間、有給休暇取得状況などは、今後の実務においてますます重要な管理項目となります。これらのデータを正確に把握し、継続的に更新できる体制を整えることが、認定取得と法令対応の双方において不可欠です。
認定取得を検討している企業はもちろん、自社がどの義務の対象となるのかを確認したい場合や、人事労務データの管理方法を見直したい場合には、まずは現状を棚卸しし、優先順位を整理することをおすすめします。
著者プロフィール
アクタス社会保険労務士法人
スタッフ約250名、東京と大阪に計4拠点を持つアクタスグループの一員。
アクタス税理士法人、アクタスHRコンサルティング(株)、アクタスITコンサルティング(株)と連携し、中小ベンチャー企業から上場企業まで、顧客のニーズに合わせて、人事労務、税務会計、システム構築支援の各サービスを提供しています。
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