給与デジタル払いの安全性と信頼性:企業が知るべきポイント
2025年1月20日
近年、キャッシュレス決済の普及が進む中で、給与の支払い方法にも変革の波が押し寄せています。その中でも注目を集めているのが「給与デジタル払い制度」です。この制度は、企業が銀行口座を介さずにスマートフォン決済アプリや電子マネーなどのデジタルマネーで従業員に給与を支払うことを可能にするものです。2023年4月に法令が改正され、資金移動業者の口座への賃金支払いが認められたことで、この新しい給与支払い方法が現実のものとなりました。
本コラムでは、給与デジタル払い制度の概要、導入に向けた具体的なステップ、そして企業と従業員にとってのメリットとデメリットについて解説します。
給与デジタル払い制度とは
「給与デジタル払い」とは、企業が銀行口座を介さず、スマートフォン決済アプリや電子マネーなどのデジタルマネーで従業員に給与を支払うことを意味します。
労働基準法では、賃金の支払方法は「原則現金払い」とされていますが、従業員の同意が得られれば、銀行その他の金融機関の預金、または貯金口座への振り込みなどが認められています。
そして、昨今はキャッシュレス決済の普及や送金サービスの多様化が進んでいることを受け、2023年4月に法令の一部が改正され、「資金移動業者の口座への資金移動による賃金支払」が認められました。これが、いわゆる「給与のデジタル払い制度」です。
この制度を利用するには、厚生労働大臣の指定を受けた資金移動業者を介することが要件となっています。資金移動業者とは、「〇〇ペイ」などと呼ばれるキャッシュレス決済サービスなど、金融機関以外で為替取引を業として営む事業者のことです。その中でも「厚生労働省に指定登録を受けた事業者」のみが、給与の支払先として認められています。
2025年1月現在、厚生労働省が指定する資金移動業者はPayPay株式会社と株式会社リクルートMUFGビジネスの2社のみです。PayPay株式会社は「PayPay給与受取」、株式会社リクルートMUFGビジネスは「Airワーク 給与支払」のサービス名でリリースされています。
他にも数社審査中・申請準備中の資金移動業者があります。
メリット・デメリットについて
一見、給与デジタル払い制度は効率的に見えますが、メリットとデメリットが混在しています。以下でそれぞれについて見ていきましょう。
メリット
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企業イメージの向上につながる(会社)
キャッシュレス決済が多用されている※なか、給与の受取方法について柔軟な選択を可能にすることで、いち早く社会情勢に対応する企業のイメージや、働きやすい職場環境をアピールすることができます。
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出典:経済産業省「2023年のキャッシュレス決済比率を算出しました」
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受け取り方法の併用が可能(従業員)
賃金の一部を資金移動業者の口座へ振り込み、残額を銀行口座への振り込みとする等、受け取り方法の併用が可能です。例えば、生活費で使用する分はデジタル支払いを利用し、貯蓄にまわす分は銀行口座で受け取るなど、それぞれのライフスタイルに合わせた受け取り方ができます。
デメリット
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管理の複雑化、作業量の増加(会社)
希望をしない従業員についてはデジタル支払いを強制できません。
そのため、従業員ごとに支払方法(銀行口座への振り込み・デジタル支払い)を適切に管理する必要があります。
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口座の上限額(従業員)
資金移動業者の口座については、各資金移動業者が100万円以下の上限額を設定し、口座残高が上限額を超えた場合は、あらかじめ従業員が資金移動業者に指定した銀行口座へ自動送金されます。この手数料は従業員の負担となる場合がありますので、利用する指定資金移動業者へ事前に確認することをおすすめします。
このように会社・従業員の双方にメリット・デメリットがありますので、それぞれの観点から十分に検討が必要です。また、アンケート調査などにより、従業員のニーズを確認するのも良いでしょう。
給与デジタル払い制度の導入に向けたロードマップ
給与デジタル払いを導入するには、ただ従業員の口座情報を収集するだけでなく、いくつか押さえておきたいポイントがあります。
利用する指定資金移動業者の選定
厚生労働大臣の認可が下りた指定資金移動業者は、厚生労働省のホームページにて公表されています。
指定資金移動業者は複数選択することも可能です。どのサービスを選択するかは、労働者のニーズを踏まえながら、次のような項目を目安に検討するとよいでしょう。
指定資金移動業者の選定ポイント
労使協定の締結
給与デジタル払い制度を導入するには、事前に各事業場で労使協定を締結しなければなりません。労使協定の形式は特に定めはありませんが、労使協定で次の項目を定め記載する必要があります。
労使協定に記載すべき事項
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対象となる労働者の範囲
- 対象となる賃金の範囲およびその金額
- 取扱金融機関、取扱証券会社、取扱指定資金移動業者の範囲
- 実施開始時期
労使協定は、事業場ごとに労働者の過半数で組織する労働組合(労働組合がない場合は労働者の過半数を代表する者)と締結する必要があります。厚生労働省のホームページでは、労使協定の様式例も紹介されているため参考にするとよいでしょう。
就業規則の改定・届け出
給与の支払方法の就業規則(給与規定)への明記は、今回の改正で「絶対的記載事項」として義務化されているため、デジタル払いも適用する場合は就業規則の改定が必要です。
給与規定には、資金移動業者に関する項目やデジタル払いに関する運用ルールなど労使協定の締結内容を追記します。
なお、給与規定を変更した際には、就業規則の変更届出が必要です。届出を怠った場合、30万円以下の罰金が課される可能性があるため、忘れずに届出を行いましょう。
従業員への周知・留意事項の説明
労使協定を締結後、給与のデジタル払いを希望する従業員に対して、制度の内容や留意事項の説明を行います。これは、労働基準法施行規則(第7条の2)に定められているもので、企業は給与デジタル払い制度について従業員の理解だけでなく、必ず書面等での同意を得なければなりません。
説明する内容は、具体的に次のようなものになります。労使協定で定めた対象となる従業員の範囲に基づき、書面やイントラネットへの掲示、説明会などで周知しましょう。
給与デジタル払い制度における留意事項の説明内容
2については、デジタル払いの受取用口座は「預金」ではなく支払や送金に用いるためであることを理解してもらうことが重要です。
「給与をデジタル払いにするとどのようなリスクがあるか」「どのように換金・運用するか」なども納得した上で、従業員が給与のデジタル払いを選択できるよう務めなければなりません。特に、送金や決済などに利用しない資金を滞留させてはならないため、指定資金移動業者への振込額には上限が設定されています。口座残高が上限額を超える額は銀行口座に振り込まれること、その場合、銀行への振込手数料がかかる場合があることを周知徹底する必要があります。
また3~5は、資金移動業者が厚生労働大臣の指定を受けるための要件と同様になるため、選定した資金移動業者の開示情報に基づいて説明します。
これらとあわせて、手続きの進め方や就業規則の改定内容なども説明を行うと、後々の対応がしやすくなります。 なお、事前説明用の留意事項内容については、厚生労働省が見本を用意しているので、自社用に説明資料を作成する際の参考にするとよいでしょう。
業務担当者の負担を増やさない「仕組み」づくり
事前の手続きが完了すると、そこからは実務のフェーズに入ります。
実施のポイントは「希望する従業員の口座情報の収集とマスタ登録」と「給与振込業務」の二つになります。
後者は基本的に銀行への振込と変わりませんが、従業員からの振込先情報に関してはこれまでと変更があります。
銀行口座の場合、事前に従業員から収集する情報は
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ア.銀行名
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イ.支店名
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ウ.口座種類と番号
(額の指定がある場合のみ金額)
の3点でしたが、デジタル払いの場合、デジタル払い独特の情報や、リスクヘッジのための口座情報が必要となり、
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オ.代替口座情報
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イ.資金移動業者のサービス名
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エ.受取希望金額
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ウ.資金移動業者の口座ID
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ア.資金移動業者名
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カ.デジタル払いに関する同意
といった情報を取得する必要があります。
項目も多く内容が複雑なため、従業員が間違えないで申請できる仕組みの構築を行うことが大切です。これを怠ると、都度提出→チェック→差し戻し→再提出と、1つの業務で業務担当者と従業員の間のストロークが発生し、業務効率が下がります。
おすすめソリューション
「新しいことに取り組むと、当然その分仕事も増える」という理由から、新しい取り組みにネガティブになるのは、人手不足のバックオフィス担当者としては当然の状況です。だからこそ、「新しいことをしても手間を増やさない」ことは重要です。
キヤノンシステムアンドサポート株式会社は、人事労務業務のデジタル化を支援するオールインワンパッケージ「奉行クラウド HR DX Suite」を提供しています。
「奉行クラウド HR DX Suite」に含まれる労務管理電子化クラウドなら、従業員から口座情報を収集する際の一切の業務をメールとスマートフォンで完結できます。
紙でのやり取りや記載漏れやミスによるやり取りを最小限に抑えることができます。
さらに今後のアップデートでは、PayPayを使うご自分のスマートフォンからの申請を行う場合、ボタン一つでPayPay口座情報を自動取得し申請できるようになります。これにより入力がなくなるためミスもゼロになり、よりスムーズな給与デジタル払いに関する手順の進行が可能となります。
またこちらは従業員の入退社や、ライフステージに応じた身上異動もすべてデジタル化できるため、現在紙で行っている従業員とのやり取りを大幅にペーパーレス化することができ、今ある業務の削減も並行して実現することができます。
給与デジタル払いを最少工数で行うだけでなく、トータル的な労務業務のデジタル化をご検討してみてはいかがでしょうか?
おわりに
給与デジタル払いは、雇用する人材の多様化や従業員の利便性などを考慮すれば、今後、利用価値の高い支払方法となることは間違いありません。また新卒採用で「新しいことに取り組む企業」というイメージは大きくプラスになります。
導入には事前準備が必要となるため、今回ご紹介した流れを参考に順を追って進めていきましょう。
Q&A
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Q1労働者は、必ず賃金のデジタル払いで受け取らなければならず、銀行口座等で受け取ることができなくなるのでしょうか。
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A1
賃金のデジタル払いは、賃金の支払・受取の選択肢の1つです。 労働者が希望しない場合は賃金のデジタル払いを選択する必要はなく、これまでどおり銀行口座等で賃金を受け取ることができます。また、使用者は希望しない労働者に強制してはいけません。 賃金の一部を資金移動業者口座で受け取り、残りを銀行口座等で受け取ることも可能です。
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Q2労働者が賃金のデジタル払いを希望した場合、使用者は必ず応じなければならないのでしょうか。
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A2
賃金のデジタル払いは、賃金の支払・受取の選択肢の1つです。労働者のみならず、使用者に対しても導入を強制するものではありません。 各事業場において、賃金のデジタル払いを導入する場合には、まず使用者と労働組合又は労働者の過半数を代表する者との間で労使協定を締結し、その上で、希望する労働者の同意を得て実施するものです。(詳細は「賃金のデジタル払いを開始するために、事業場で必要な手続きを教えてください。」の回答もご覧ください) このため、賃金のデジタル払いに関する労使協定が締結されていない事業場において、労働者が賃金のデジタル払いを希望する場合は、まず労使協定の締結をするかどうか(その事業場で、希望者への賃金のデジタル払いを実施するかどうか)について、使用者と労働組合又は労働者の過半数を代表する者との間で話し合いをお願いします。
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