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ドキュメンタリー × CINEMA EOS Vol.2「Free Solo」監督・撮影監督 ジミー・チン独占インタビュー #2

Text & Interview:汐巻裕子(ピクチャーズデプト)

クライミングの撮影で最も難しいと感じていることは何か?

アレックス・オノルドというクライマーを岩壁で撮影するということは、膨大な準備と計画、それから彼のひとつひとつのムーブを確実に確認することが必要で、それが撮影クルーにとって最も大きな挑戦でした。
アレックスはこのルートの練習と確認に2年もの時間を費やしています。時には本番とは違う手を試し、わざと失敗したりもしています。そうすることで、本番で何かひとつ間違いを犯しても、冷静でいられるからです。
その間、彼のクライミングをどう撮影するか?正解のムーブ、失敗のムーブ、すべてを想定しながら、何度も何度も撮影のリハーサルをしています。
フリーライダーという垂直ルートの全高は915メートルにもなります。途中いくつかのセクションでは、カメラマンも300メートルほどトップロープでクライムダウン(岩壁の上からロープを垂らして懸垂下降すること)して狙う必要もありました。クルーはそれぞれが機材を担ぎ、壁のあちらこちらにカメラを設置し、どのアングルからどういう絵を撮りたいか?を入念に事前調査しています。

カメラクルーは全員プロのシネマトグラファーでもあり、クライマーでもあります。なのでアレックスがクライマーとして、なにが一番気が散るか?は理解しているメンバーなのです。両方の技術を持った撮影者は世界でも3人くらいしかいませんけどね(笑)。クライマーが一番嫌がるのは、自分のムーブよりも撮影者たちの動きがスローになってしまうことです。なので、常にアレックスの動きを先読みして、ポジションとアングルを即決しなければいけません。アレックスがどんなに予測不能な動きをしても、アレックス本人に「カメラの存在」を感じさせないことが最優先ですから。

そんなエクストリームな環境において、もう一つ大きなチャレンジだったのは、アレックスをいかに撮影隊の緊張感から遠ざけ、いつも通りの自然なクライミングができる環境を作るか?という点でした。
撮影隊は常にニュートラルな存在でいる必要があると考えていたので、クルーのテンションを、常にアレックスのテンションと同じレベルに保つよう細心の注意を払っています。それから、うっかり録画ボタンを押し忘れないようにすることもね(笑)。クライミングの撮影では、実は起こりがちなことなのですよ。
アレックスのようなフィジカル面でもメンタル面でも特別な能力を持ったクライマーを撮影するという行為、そしてアレックスがビッグ・ウォールに賭ける情熱と野心、そして恐怖、それらを記録するという行為は、私にとって「人生を賭けたプロジェクト」だったと思います。

「フリー・ソロ」の監督/撮影監督であり、3名構成の撮影隊を総指揮したジミー・チンは、いまから4年前の2015年、自身を含む3人のトップクライマーによる、ヒマラヤの前人未踏のルート、シャークスフィンを世界で初めて完登した記録『MERU/メルー 』で映画監督としてデビュー、この作品がサンダンス映画祭で観客賞を受賞したことで、一躍トップドキュメンタリストの仲間入りを果たしている。
山岳映画の撮影手法にドキュメンタリー映画の表現手法、シネマヴェリテスタイルを取り入れるという革新をもたらし、その後のクライミング撮影に、あらゆる角度から大変革をもたらした立役者だ。スチールフォトのジャンルでは、ナショナル・ジオグラフィック誌のオフィシャル・フォトグラファーであり、またザ・ノースフェイス契約アスリートのプロクライマーでもある。年間10ヶ月以上も世界の僻地の撮影に飛び回り、残りの季節はワイオミング州ティートンの山中に居を構える、名実ともにネイチャーフォト界のトップ・フォトグラファーだ。

学生時代のジミーは『フリー・ソロ』の主人公であるアレックス・オノルド同様、7年間(!)もヨセミテの麓にバンを停め、路上生活をしていたクライミングバムだ(クライマーたちはプライドを持って自身をそう呼ぶ)。ヨセミテをベースに駆け出しのクライマーとして岩壁に向かうだけの時代、偶然に撮影した1枚の写真が雑誌社に500ドルで売れたことをきかっけに、プロのネイチャー・フォトグラファーの道を歩むことになる。のちに山の師となる世界的登山家のコンラッド・アンカーと出会い、チームとしてのアルパイン・クライミングを極める中、撮影したのが、処女作『MERU/メルー 』である。それまで多く世に発表されてきた山岳映画と一線を画したこの作品は、クライマーであるジミー自身が9年間に渡るメルーの直登ルート挑戦の間、執拗にカメラを回していたことで、外部の撮影者が決して切り取れないストーリーや友情をスクリーンに映し出している。

自然の岩壁を登るロック・クライミングは、フォールしたときに命綱となるロープを操るビレイヤーと二人一組で行うが、フリー・ソロは、ビレイなし。つまり命綱をつけず、単独で、自分の身体のみで登るという極めて特殊なクライミングで、こうしたフリー・ソロ・クライマーは世界を見渡しても数えるほどしかいない。
ロック・クライマーの聖地、ヨセミテにそびえ立つ花崗岩の一枚岩、エル・キャピタンのフリーライダーというルートを、フリーソロ界のスーパースター、アレックス・オノルドが攻略したというニュースは、世界中に衝撃を与え、2017年6月のこの歴史的瞬間からクライミングというスポーツは新たなレベルに到達した。そしてトップクライマーからも絶大な信頼を得ているジミー・チンもまた、誰もやったことがない「親友の死と隣り合わせの撮影」に挑んだのが、この「フリー・ソロ」という作品だ。

クライミング界から、ハリウッドのネクスト・ステージへ

ジミーは、同じ時期に同じエル・キャピタンをリード・クライミング(ロープあり)で完登したアレックスの盟友のトミー・コールドウェルのドキュメンタリー『DAWN WALL』の撮影監督も務めている。『MERU/メルー 』同様に本作の共同監督を務め、プライベートではジミーのマリッジパートナーでもあるエリザベス・チャイ・ヴァサルヘリィは、撮影がオールアップした日、つまりアレックスがエル・キャピタンを完登した日に、「私たちの映画人生はこれで終わり」。これ以上やることはないと思ったとワールドプレミアのトロント映画祭で語っている。もちろん、それは一つの偉業を悔いなくやりきったという意味だ。
ジミーとエリザベスは、ネットフリックス・オリジナルの製作で、ヨナス・ボニエ原作の『The Helicopter Heist』というアクションスリラー長編映画を共同監督することが決定している。主演はハリウッドスターのジェイク・ギレンホールだ。ジミーが20年以上かけて自己開発してきた、核心に迫るクライミングの映像手法と、ドキュメンタリー映画監督として活動してきたエリザベスのストーリーテリングの合わせ技が高く評価され、いよいよドキュメンタリーの枠を飛び出し、フィクションへの挑戦が始まる。

リアリティとダイナミズムという2大エンタテインメントパワーを兼ね備えた映像表現で、素早く進化し続けるジミー・チンは、世界最高の撮影技術を持つ唯一の表現者として、テクノロジーや機材の進化にどう挑み続けるのだろうか。

  • 本記事は、HOTSHOT #12(2019年9月発行)より抜粋
ビハインド・ザ・シーン:映画「フリーソロ」(撮影機材:CINEMA EOS SYSTEM)【キヤノン公式】