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1600年をめぐる時間旅行で地域の魅力を伝える。
大阪府堺市が「百舌鳥古墳群ビジターセンター」でダイナミックな没入体験を実現するまで

「地方創生」と言われるなか、地域の歴史や文化の魅力を掘り起こし活性化させることで、地方創生につなげていこうとする自治体が増えています。しかし、その「魅力づくり」に苦慮する自治体は少なくありません。

なぜなら、関心を持っていない人の興味喚起は、情報提供だけで実現できるものではなく、また魅力そのものも、多くの人が体感できるものにするには難しさが伴うためです。

しかし、そのハードルを乗り越える取り組みを始めたのが、大阪府堺市。2021年3月13日にオープンした「百舌鳥古墳群ビジターセンター」内に体感型映像空間を構築し、あらゆる人が直感的に地域の魅力を感じられる仕組みを創り出しました。

観光客を感動させるのみならず、地元住民からも支持されているというコンテンツとはどのようなものか。ライターが体感するとともに、実現までの道のりを、堺市 弓場 久稔 (ゆば ひさとし) 氏と、構築を担当したキヤノンマーケティングジャパン株式会社(以下キヤノンMJ) MA事業部 プランニングディレクター 阿部 芳久に聞きました。

世界遺産「百舌鳥・古市古墳群」の魅力を、感じてもらうには?

大阪市に隣接する堺市には、神社仏閣をはじめ、歴史的な建造物や文化遺産が数多く点在します。その代表が「百舌鳥(もず)古墳群」です。4世紀後半から6世紀前半にかけて建造された大小さまざまな古墳44基が、市の北西部にまとまって現存。その貴重な歴史的価値が認められ、2019年「古市古墳群」(羽曳野市・藤井寺市)とともに、「百舌鳥・古市古墳群」としてユネスコの世界遺産に登録されました。

百舌鳥古墳群のなかでも、とくに有名なのが、仁徳天皇陵古墳です。長さ486m、幅307m、古墳のなかでも並外れた大きさで、「秦の始皇帝陵(中国)」、「クフ王のピラミッド(エジプト)」と並んで、「世界3大墳墓」のひとつにも数えられています。

しかし雄大なあまり、その全貌を捉えることが難しいことが、魅力を伝える大きなハードルとなっていました。

教科書やガイドブックに掲載される「前方後円墳」の形を思い描いて訪れる人は多いものの、かなり高い位置からでなければ、その形を見ることはできません。周囲から見ても、大きな森のようにしか見えず、また古墳の中には観光客が自由に立ち入ることができないため、せっかく訪れても、その魅力を十分に感じることができないという課題があったのです。

空中散歩を楽しんでいるかのような臨場感。「体感型映像空間」で、古墳群のスケールと深い歴史を体感する

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そこで、設けられたのが、仁徳天皇陵古墳の拝所から徒歩数分にある「百舌鳥古墳群ビジターセンター」内の体感型映像空間。巨大古墳のダイナミックな姿とその価値、さらに歴史ある堺のまちの魅力を伝える施設として、堺市が2021年3月にオープンしました。

シアターには、横 約14.3m×高さ 約3.3mに及ぶ曲面スクリーンが設けられており、訪れた人は、スクリーンや床面に映し出される映像で、まるで空中散歩をしているかのような感覚を味わいながら、堺市の歴史や古墳群の魅力を体感することができます。

さまざまな時間帯、場所で撮影された古墳の数々。堺市の人々の生活のすぐ隣に数々の古墳が存在し、四季折々、美しい姿を見せていることが伝わります。上空からでしか全貌を捉えることのできない仁徳天皇陵古墳も、そのダイナミックなスケールを実感することができます。

また、後半には、鉄砲や茶の湯文化など、堺市が日本の歴史を支える産業・文化発祥の地であることを伝えるアニメーションも登場。空間を存分に生かした動きのある映像は、その時代を間近で見ているような感覚を覚えます。

訪れた人たちは、思い思いに感動したポイントを語りあいながら、その体験を楽しんでいました。

地域外の方が、堺市の魅力を知るきっかけに。地域の方が、堺市に住むことを誇りに思うきっかけに

このコンテンツの反響について、導入に携わった堺市の弓場氏は次のように語ります。

「拍手が起こる上映回もあり、『感動した』『何度も見たい』という声を頂戴しました。『堺の街をもっと巡ってみたくなった』という訪問者も多くいらっしゃいます。そう思っていただくためにこの映像空間を作ったので、嬉しいですね」(弓場氏)

外国人観光客からも好評で、織田信長や千利休に縁のある「妙國寺」をはじめ、紹介されているスポットに「映像を見て来た」という旅行者が増えているという声も聞いているそう。また、「あらためて古墳群の価値に気がつかせてもらった」という住民も多く、「地域における魅力の共有にもつながっている」と弓場氏は続けます。

「校外学習に利用する地元の小学校もあり、次世代への継承にも一役買っています。堺市は街の発展とともに人口が増え、かつては古墳を住宅地として開発する話が挙がったこともありました。しかし、その計画を止めたのは住民の方の反対運動。地域の方とその魅力を共有することは、貴重な1600年の歴史を後世に伝えるためにも大切です。こうして映像を通して上空から眺めることができると、古墳群の魅力や雄大さがよくわかります。市民の皆さんが古墳群に愛着を持ち、堺という街に誇りをもってもらうきっかけにもなっていると思います」(弓場氏)

体験型映像空間の実現を支えた、キヤノンMJの技術力と表現力

では、体験型映像空間の構築は、どのように実現したのでしょうか。本プロジェクトのプランニングディレクターを務めたキヤノンMJの阿部は、「地域の方の協力を得ながら、キヤノンMJが長年培ってきた“技術力”と、さまざまなジャンルのクリエイターの“表現力”を組み合わせることによって実現することができました」と語ります。

「まずハード面では、横 約14.3m×高さ 約3.3mに及ぶ曲面スクリーンを設置しました。人間の視野150°を覆い、さらにスクリーンだけでなく床面にも映像を投影する形としました。VR用ゴーグルなどを装着しなくても、高い没入感を得られる空間となっています」(阿部)

没入感を作り出すためには、キヤノンMJ独自の技術「没入感生成アルゴリズム」を採用。撮影に使用したレンズの情報や投影するスクリーンの形状、想定される観覧者の視点などのデータから、撮影者が実際に見ていた情景を映像空間に再現する技術です。

「たとえば空撮の映像であれば、実際にヘリコプターに乗らなければ見ることができない景色を空間に再現しています。計6台のプロジェクターから投影される映像を、違和感なくシームレスに繋ぎ合わせることで没入感を生み出し、まさに自分が鳥になったような体験をすることができます」(阿部)

撮影には、ミラーレスカメラ『EOS R5』や『8K業務用カメラ』を使用。空撮は、有人ヘリコプターで大規模空撮を行い、朝、昼、夕と異なる時間帯でさまざまなアングルから古墳群を撮影しました。

「また、そのストーリーや撮影スポットの選定などに関しては、堺市で『地域の魅力』を探求されている方々や、古墳群の魅力を探り伝えている方々の協力を仰ぎました。さまざまな意見を交わしながら、ストーリーを構築。それをキヤノンMJが長年育ててきたクリエイティブ力により、『時間旅行』というテーマで表現しました」(阿部)

キヤノンMJは、その長い歴史のなかで、写真や映像、メディアアート、現代美術、アニメーション、ゲーム、マンガ、グラフィックデザイン、CG、建築…などなど、幅広いジャンルのクリエイターやアーティストとの関係を築いており、そうしたネットワークから、今回の内容にベストなスペシャリストをアサイン。そのクリエイティブ力によって、映像・CG・アニメーション・音楽を用いた豊かな表現を作り上げることを可能としました。

技術力と表現力の掛け合わせで、作り手の想いが込められた、「心に届く」コンテンツに

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「古墳群や堺市の街並み、美しさをさまざまなアングルから捉えて表現してくれた、キヤノンMJさんの技術力を高く評価しています」と弓場氏は語り、こう続けます。

「今回表現したかったことの一つに、堺市の『つながっている歴史』がありました。古墳の築造にあたって、土木工事を行うなどの需要から鍛冶の技術が発展しました。それが平安時代には刀、戦国時代には鉄砲、江戸時代には包丁、そして現代の自転車産業へと、形を変えつつ私たちの生活につながっています。そうしたつながりを、市の担当部署はもちろん、地元の研究者や関連の団体など各方面の方々と議論を重ね、それぞれの想いを汲みとったうえで、キヤノンMJさんが高い技術力と表現力でコンテンツにまとめあげてくれました。大切な作り手の“想い”がこもっているからこそ、クオリティの高いコンテンツになったのだと感じています」(弓場氏)

また阿部は、“顧客視点”の感覚を弓場氏と共有できていたことが大きかったと振り返ります。

「コンテンツは来場者が喜んでくれることが一番です。エンドユーザーに喜んでもらうことが、結果的にお客さま(堺市)のためになり、課題解決につながります。そうした意識を弓場さんと共にできたからこそ、来場者に感動していただける内容に完成させることができたと考えています」(阿部)

来場者の視点を第一に考えたのは、コンテンツの内容だけではありません。コロナ禍においてシアター内の混雑状況をリアルタイムにモニタリングし、密集度をアラートで通知するキヤノンMJの「密集アラートソリューション」も導入し、来場者に安心・安全に楽しんでもらえる工夫を行いました。

最後に今後の展望について伺うと、両名は次のように語りました。

「2025年には大阪・関西万博も開催予定です。堺市も、さらに多くの人に足を運んでいただきたいと考えています。古墳群をはじめ、堺のさまざまな文化・歴史に触れてもらうための仕掛けを、もっと考えていきたいと思います。万博は、最先端の技術を生かした未来社会の実験場というコンセプトがありますので、そうした観点から、キヤノンMJさんには今後もいろいろご提案いただければ嬉しいですね」(弓場氏)

「今回は、映像コンテンツを中心とした課題解決でしたが、キヤノンの“技術力”と“表現力”を掛け合わせて、さまざまな形で自治体が抱える課題解決のお手伝いができると考えています。引き続き、困りごとがあれば何でもご相談いただければと思います」(阿部)

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自治体プロジェクト推進室 自治体ソリューション企画課

キヤノンマーケティングジャパン株式会社