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「柔道の迫力を、あらゆる視点から、あらゆる人に。」

スポーツ×先進テクノロジー活用による、魅力の可視化

スポーツ観戦は、私たちに多くの驚きや感動を与えてくれます。

多くの魅力あふれるスポーツですが、スポーツビジネスの市場拡大という点では、どんな競技も課題を有し、解決の道を探っています。例えば、競技の魅力をより深く理解してもらうための啓蒙活動をどのように行うのか、気軽に競技に触れる場をいかに創出するかなどの壁が、新たなファンの獲得や競技人口の伸び悩みにつながっています。近年は、新型コロナウイルス感染症の流行によって、多くの競技が大会の中止・延期、テレビ放映の減少などに直面。課題がよりいっそう浮き彫りとなりました。

「柔道」は日本を代表する伝統的なスポーツ競技でありながらも、初心者をはじめとする多くの方々にその魅力を届けるにはどうすればいいのか?という課題を抱える競技の一つでした。

スポーツ庁が推進する令和4年度スポーツ産業の成長促進事業「スポーツ×テクノロジー活用推進事業」に参画したキヤノンマーケティングジャパン(以下、キヤノンMJ)は、その課題解決に向け、公益財団法人 全日本柔道連盟をサポート。『柔道のすべてを、すべての視点から、すべての人に。』をコンセプトに、2022年12月に開催された国際柔道大会「グランドスラム東京2022」に合わせ、「体験価値創造ソリューション」による3つの施策を実施しました。

公益財団法人 全日本柔道連盟 企画課 課長代理 会長秘書の本郷 光道 氏と、キヤノンMJ MA事業部 クリエイティブディレクター /プロデューサー 諏訪 翔一に、本事例について話を聞きました。

柔道の「魅力」を分かりやすく伝え、「触れる機会」を創出する施策を立案

技の多彩さ、礼節の精神、歴史や伝統といった数多くの魅力がある柔道。なかでも、ダイナミックな技で一本が決まったときのインパクトや、一瞬で勝敗が決するスリリングさは、多くの人を魅了します。

しかし、以前から競技人口の減少、テレビ放映の減少といった課題を抱えており、その打開策が求められていました。さらに2020年からの新型コロナウイルス感染症の流行は、柔道に競技人口の減少とファンの競技離れといった深刻な影響を与えました。

「柔道は接触競技として慎重な配慮が必要でしたので、大会の中止・延期によって競技者/観戦者(視聴者)の双方に『コンテンツがない』という状況が発生しました。そうした影響により、競技人口が15%も減少してしまいました。
全日本柔道連盟ではYouTubeチャンネルを開設するなど、デジタルコンテンツの活用を模索してきましたが、今後も柔道というコンテンツの多様な楽しみ方を早急に考えていく必要があると感じていました」(本郷氏)

そうした課題を解決するため、キヤノンMJは全日本柔道連盟と共同し、柔道の魅力を伝えるデジタルコンテンツのプロデュースを実施することになりました。

「柔道は、日本を代表する伝統的なスポーツ。全日本柔道連盟様は他のスポーツ競技団体と比較してもかなり大規模な組織です。それゆえに変革に時間がかかるというパブリックイメージが根付いている側面がありました。そのような組織がテクノロジーを活用して変革に取り組むことは、とても意義が大きいことですし、他のスポーツ競技団体にもポジティブな波及効果を与えられるのではないか。そんな期待を持って共創に取り組ませていただきました」(諏訪)

初回のコンタクトから約2カ月、本郷氏と諏訪は毎週ミーティングを行い、人気に陰りが生じた本質的な理由など、深い領域まで議論を重ねました。

そのなかでポイントとして挙がったのが、「柔道の分かりづらさ」と「柔道に触れる機会の少なさ」。柔道は競技知識が深まるほど、勝敗が決まる前段階の攻防や身体の細かな動きの意味を理解し、より楽しめるスポーツですが、そうした知識を初心者の方に伝えるには高いハードルがありました。また、初心者・従来のファンを問わず、観戦以外でも気軽に柔道に触れる機会を増やせるような、魅力あるコンテンツの開発が求められていました。

こうして、新たな体験・機会を提供する場として、国際柔道大会「グランドスラム東京2022」を選び、キヤノンMJが提案した以下の3つの施策を実施することになりました。

(1)イベント集客・柔道に対する興味喚起を図る「プロモーション映像」、(2)競技に対するさらなる興味と理解を促す「JUDOオール・ビュー」、さらに、(3)ファンの選手に対する興味関心から、人気の回復や新たな収益の可能性を模索する「JUDOコレカ」です。

(1)「プロモーション映像」ライト層のみならず柔道経験者にも“刺さる”動画で、興味喚起に貢献

まず、「グランドスラム東京2022」への来場誘引を目的として制作されたのが「プロモーション映像」でした。特に柔道に馴染みのない層や関わりの薄いライト層に興味を持ってもらい、来場のきっかけとなるような話題性を創出することをめざしたコンテンツです。

「柔道の攻防を魅力的に伝えることを主眼に置きつつ、話題性という点では、ライト層はもちろん柔道経験者も見たことがないような視点での斬新な映像を作ることが重要だと考えました」(本郷氏)

そこでキヤノンMJが提案したのは、時間と空間を丸ごとキャプチャできるボリュメトリックビデオ技術。撮影画像から3D空間データを再構成し、選手の一挙手一投足を360度自由な角度から再現することを可能にします。

「実際に撮影スタジオ(ボリュメトリックビデオスタジオ-川崎)を視察しましたが、『こんな技術があるのか!』と驚くと同時に、『このアングルから撮れるなら、あの技の迫力をもっと伝えられそうだな』などと、具体的なアイデアも湧いてきました」(本郷氏)

東京オリンピックの金メダリストである大野将平選手とウルフ・アロン選手の2名に出演協力をいただき、撮影を実施。ダイナミックなカメラワークとハイクオリティなCGを掛け合わせ、柔道競技の大切な要素である“崩し・作り・掛け”という三要素を表現する映像を制作しました。

特にこだわったのは、柔道の技の「力の流れ」の表現です。

「柔道の技は、先人たちの歴史の積み重ねで築き上げられています。ただ技の迫力を伝えるだけではなく、柔道熟練者の方たちにも納得していただける表現にしたいという思いがありました」(本郷氏)

「公開ギリギリまで議論を重ね、技の力がどの方向に流れているのかを突き詰め、エフェクトの入れ方を調整しました。全日本柔道連盟さまの監修なくして実現し得なかったポイントです。結果、初心者の方だけではなく、コアな柔道ファンの方など、どなたに対しても自信を持っておすすめできる映像に仕上がったと感じています」(諏訪)

動画は、全日本柔道連盟のYouTubeチャンネルに公開され、視聴回数は約48万回を突破。過去大会のプロモーション動画と比較しても高い数値を記録しました。

「視聴者の97.8%は全日本柔道連盟のYouTubeチャンネル未登録者。ライト層への認知獲得効果も得られたと考えています」(本郷氏)

YouTubeのコメント欄や大会アンケートでも好意的な意見が多く、「動画を視聴したことがきっかけで来場した」というお客さまも。当初の目的である認知獲得から興味喚起の役割を果たすことができました。

(2)「JUDOオール・ビュー」柔道の技を360度自由視点で体感してもらうことで、競技のより深い魅力を伝える

続いて、「グランドスラム東京2022」イベントブースにて展開されたのが、自由視点ビューワーコンテンツ「JUDOオール・ビュー」です。各選手が得意技を繰り出す決定的な瞬間を3Dのボリュメトリックデータにすることで、真上から、畳の下からなど、通常では見ることのできない自由な視点で技を観察・体感することができます。

「憧れの選手の得意技を、テレビ中継や通常の観戦では見ることができない角度から見てもらおうと、イベント会場にブースを用意。大型ディスプレイとハンドトラッキングセンサーを設置し、手の動きで360度自由視点の映像を操作することができるようにしました。来場者に対するイベント付加価値の向上はもちろん、柔道の技をじっくりと観察できるこの体験を通して、さらに深く柔道のファンになっていただくことを狙いました」(諏訪)

プロジェクトを進める上で難しかったのは、ビジュアル的なクオリティと、操作性などのユーザビリティ、どちらを優先するかという判断でした。ビジュアルのクオリティを高めるとデータが重くなって動作のスムーズさが失われてしまい、操作性を優先すると画質が粗くなってしまいます。議論を重ね、最終的には操作性を突き詰める方向に舵を切りました。

「手の動きだけで画面を動かせるという直感的な操作性を優先したことで、子どもたちも含め幅広い層に気軽に楽しんでいただくことができました。当日はブースに何度も遊びに来てくれるリピーターもおり、人の列が途切れることなく、事前に想定していた人数を大幅に上回る人気コンテンツとなりました」(本郷氏)

アンケートでも「印象に残ったコンテンツ」と、ライト層から多くの支持を得られました。また、柔道経験者からも「技の研究をする上でとても役に立つ」といった好意的な意見が寄せられました。現在こちらのコンテンツはブラウザ版がウェブサイトに公開されており、誰でも自由に楽しむことができます。

(3)「JUDOコレカ」選手にフォーカスした施策で、ファンのロイヤリティーを向上。新たな収益源としての可能性を創出

3つ目の施策は、NFTデジタルトレーディングカード「JUDOコレカ」。3種類(「イベント」「柔道選手」「ボリュメトリック 」)全16アイテムのデジタルトレーディングカードを作成し、来場特典として「イベント」「柔道選手」から各1枚、計2枚のカードを来場者にプレゼントしました。カードはアプリを通じて楽しむことができ、ユーザー同士でトレードするなど、二次流通させることも可能です。

「『プロモーション動画』や『JUDOオール・ビュー』が柔道競技全体を訴求する施策だったのに対し、こちらは個別の選手にフォーカスした施策です。ライト層も含めたファンのロイヤリティー(愛着感)向上やエンゲージメント(思い入れ)効果の創出を目的としています」(諏訪)

また、新たな収益源の可能性を模索するなかで、企画当時、大きく話題となっていたNFT(偽造不可な所有証明書付きのデジタルデータ)を使った技術を検証する狙いもありました。

デジタルデータであることを生かし、終了後に今大会のメダリストたちの名前が追って刻印されるというギミックを採用したカードもあり、来場者に新たな体験を提供。キヤノンMJの技術力と表現力を組み合わせ、新しい価値体験の創出にチャレンジした施策となりました。

「同様のトレーディングカード配布イベントと比較しても高いダウンロード率を記録しました。ロイヤリティーやエンゲージメントの向上には一定の効果があったと考えています。

ただ、その一方でダウンロードして終わりになってしまうユーザーも多く、NFTマーケットプレイスの活性化という意味では課題が残りました。今後は、大会終了後にも継続的な仕掛けを展開するなど、コミュニティを活性化させる工夫を検討したいと思います。ただし、単年度の施策ではやはり規模や予算に限りがあるので、NFT活用に関しては長期的な視点で計画・実行・評価していく必要があると考えています」(諏訪)

「今回は、実証実験的な意味合いもあったので、課題がより明確になったことは大きな成果です。また、NFTを活用しているスポーツ競技団体がまだまだ少ないなかで、伝統的なイメージの強い全日本柔道連盟が率先して取り組んだことで、柔道界が変革にチャレンジしていることを対外的にアピールできますし、ひいては他のスポーツ競技団体への波及効果にも貢献できるのではないかと考えています」(本郷氏)

柔道界に対してもポジティブな影響を与えたプロジェクト。この経験を、さらなる取り組みにつなげていきたい

“”

あらためてプロジェクト全体を振り返り、「やって良かったの一言に尽きる」と、本郷氏は感想を語ってくれました。

「コンテンツが形になるまでは大変なこともたくさんありましたが、結果的にYouTubeの閲覧数が大幅に向上し、大会当日の盛り上がりにも大きく寄与していただきました。私自身も非常に学びが多かったプロジェクトです。今後、社会に新しい価値を提供していこうとしている柔道界に対してもポジティブな影響を与えてくれたと考えています」(本郷氏)

そして今後は、教育現場へのインパクトにも期待したいと語ります。現在、中学校の保健体育では『武道』が必修化しており、公立中学校の約6割が柔道を選択しています。ただ、そのうち8割の学校には、柔道競技経験のある体育の先生が在籍しておらず、柔道の楽しさを十分に伝えられない、安全な授業の実施に苦慮しているなどの課題が存在しています。

「柔道は立体的なスポーツです。従来の写真や映像を使った教材のみでは、頭の中で立体的な動きを想像しながら学ぶしかありません。しかし、『JUDOオール・ビュー』のように、360度、見たい視点から技を観察できるデジタル教材が普及すれば、そうした課題がクリアしやすくなるでしょう。さまざまな組織・団体の力が必要な領域で、実現するためのハードルは高いと思いますが、今回の取り組みを通じて得られた知識やノウハウも生かしながら、ぜひ一緒にチャレンジしていただけると嬉しいです」(本郷氏)

「今回はボリュメトリックビデオ技術を活用しましたが、キヤノンMJには他にも多くのテクノロジーがあります。さまざまなテクノロジーを掛け合わせることで、ソリューションの可能性は無限大に広がります。本事業のフィードバックなども踏まえながら、引き続き全日本柔道連盟さまの課題やニーズに寄り添い、解決に導くソリューションをご提案していきたいと考えています」(諏訪)

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自治体プロジェクト推進室 自治体ソリューション企画課

キヤノンマーケティングジャパン株式会社