2014年7月3日、4日に福岡国際センターで開催された九州最大のプロフェッショナル向け放送/業務用機器展「九州放送機器展2014」にて、キヤノンのセミナー「KOO-KIの江口カンが監督した連続TVドラマ「めんたいぴりり」はこうして作られた!」が行われた。
white-screen.jpが企画協力した今回のセミナーに登壇したのは、KOO-KIのディレクター江口カン氏とAND FILM STUDIO所属のムービーカメラマン許斐孝洋氏、キヤノンマーケティングジャパンの菅野達也氏。江口氏にとって初挑戦となり、第30回ATP賞ドラマ部門奨励賞、第51回ギャラクシー賞奨励賞を受賞したTVドラマ「めんたいぴりり」は、全編EOS C300で撮影されている。ディレクターとカメラマン、それぞれの視点からこだわりの画作り、そしてEOS C300がもたらしたメリットについて語った、両日とも立ち見の大盛況となった講演の模様をお届けしよう!
(右)江口カン:映像ディレクター / KOO-KI代表。九州芸術工科大学画像設計学科卒業。1997年KOO-KI共同設立。福岡を拠点に、CMや短編映画、ドラマなどエンタテインメント性の高い映像作品の演出を手がける。Boards誌(カナダ)「Directors to Watch2009」14人のうち1人に選出。カンヌ国際広告祭金賞、銅賞など国内外で多数受賞。2013年、東京五輪2020国際招致PRフィルム「Tomorrow begins」、連続テレビドラマ「めんたいぴりり」(テレビ西日本)などを手がける。同テレビドラマは、第30回ATP賞ドラマ部門奨励賞、第51回ギャラクシー賞奨励賞受賞。
(左)許斐孝洋(このみたかひろ):カメラマン。1988年アンドフィルムスタジオ入社。照明助手として映像業界に入る。その後、照明技師を経てカメラマンへとキャリアを進める。CMや短編映画、ドラマなど江口カン氏の撮影を担当する。
CMを主戦場に15年来タッグを組んできた江口氏と許斐氏をはじめ、福岡を舞台に福岡出身のキャスト&スタッフがメインで作り上げた、文字通り"福岡産"の「めんたいぴりり」。「日本では蔑ろにされがちなTVドラマの画作りにこだわりたい」という江口氏の想いから、これまでにCMで培ったスキルや経験を活かして挑んだ作品だ。
「日本のドラマについて「もっと画が良ければもっと訴えかけられるんじゃないか」と思っていました。海外では画にこだわったTVドラマが多く作られています。CMは贅沢な画が作れる環境にあるんですよ。予算を使って最新の機材でいい画を追求できる。CMと同じクオリティに持っていくことは出来ませんが、どこまでクオリティを落としても自分が納得出来るレベルを確保出来るか、悩みどころであり勝負でもありました」(江口氏)
物語に深みを与える映像を作るために重要なのは、視聴者の目となるカメラ。EOS C300を選ぶ決め手となったのは、人物でテスト撮影した時の画。EOS C300のCanon Logによって光の反射が白トビせず、階調豊かに撮れていたのだ。また、軽量でコンパクトなEOS C300の機動力の高さも、約2ヶ月で第1部と第2部の全カットを撮りきるための大きな助力となった。
こちらは、海野俊之(博多華丸)が作った明太子を初めてみんなで食べる朝食シーン。この食卓を囲んだアングルは第2部で頻出するお馴染みのシーンだ。
「ここは意外と人の配置が難しいんです。そして、朝食だけでなく色々話が進んでいく場所なので、朝昼晩、春夏秋冬での光の移り変わりに気を付けて作っていきました」(許斐氏)
第2部第2話「めんたいを作るけん」の巻より。第2部のキービジュアルともなるこの構図では、6畳程度の広さの部屋に、10人ほどの役者が登場する。セットの量も多く、カメラが入れられるスペースは限られている。その間を縫って切り返し撮影をするのに、EOS C300のコンパクトさは非常に重宝したそうだ。
美術セットも「めんたいぴりり」の見どころの一つ。美術担当の山本修身氏は、「オレたちひょうきん族 」「ニューヨーク恋物語」「王様のレストラン 」「ラブジェネレーション」といった伝説的番組を手掛けてきた、御年73歳の大御所だ。
「山本さん曰く、最近では、時間的に東京でもなかなかここまでの作り込みは出来ないと。本当に手間掛けてやってくれて。本番直前まで、山本さんが自らずっと汚しを入れてくれたんです。そういうディテールがリアリティを生み出していて、ちゃんとそれが映像に再現されたと思います」(江口氏)
海野の朝風呂も本作によく登場するシーン。光と影のコントラスト、反射する水の飛沫、立ち上る湯気が朝風呂の爽やかさを訴えかけてくる。江口氏と許斐氏がCMで取り組んできた経験を存分に活かした、シズル感たっぷりのシーンだ。
「湯気は、実際はお湯張ってもなかなか出ないので、スモークマシンを入れて撮ってます。食品のCM撮影でやってきた照明の当て方などを活かして、湯気を作り込んだシズルカット。絞りを開けて出来るだけ後ろをボカし、手前を際立たせています。照明もこういう逆光気味が好きなんですね」(江口氏)
第2部第3話「台風がやってきたばい」の巻より。
「めんたいぴりり」は広いダイナミックレンジを持つCanon Logで撮影。強い光が当たり、ハイライトも多いが、広いラチチュードにより、白トビもなく臨場感たっぷりの画が作られている。海野の眼が朝の光によって透き通っている様もキャプチャーされている。
海野千代子(富田靖子)が釜山港へ引き上げる途中、山笠の幻を見るこの第1部のシーンは夜間の撮影となった。日常風景を中心に描く「めんたいぴりり」において、ファンタジックなこのシーンは物語を引き締める、江口氏お気に入りのシーンの一つだ。夜の闇で最小限の照明の下、提灯の光と山笠の中に仕込んだ明かりを捉える撮影となった、最高ISO80000と高感度を得意とするEOS C300によって、ファインダーを覗く許斐氏も納得の画作りを行うことが出来た。
「今回、ISOは1600から最終的に3200まで上げて撮っています。そこまでいくと、やはりノイズは乗ってきますが、フィルムとビデオの中間の質感のようなグレインが、この幻想的なシーンには逆にいいんじゃないかと感じています」(許斐氏)
第1部から、終戦後、岩場を縫って満州から引き上げてくる人々のシーン。ゴツゴツした岩のディテールが表現された壮大な景色が印象的だ。ここでは「めんたいぴりり」におけるワークフローについて話が及んだ。 「現場では、2台のEOS C300でCanon Log撮影しています。モニタリング用には、Canon Logで撮った素材に、VEさんに「大体これぐらいのコントラストになるだろう」という画を作ってもらいました。CFカードに収録したMXFファイルをAVIにトランスコードしてデータ容量を軽くし、EDIUSでオフラインをします。その後、同じくEDIUS上でカラーグレーディングをしているのですが、ファイル変換時にはコントラストやサチレーションをつけたものをかけて、更に追い込んでいきました。ファイルベースのワークフローだったので、素材の管理が非常にしやすかった。テープを介すると、どうしてもやりくりが大変なところがあって。ファイルで一気通貫出来たのは良かったですね」(許斐氏)
「めんたいぴりり」の編集は、TV局の会議室にPCを持ち込んで作った編集スペースにて、約3ヶ月掛けて行われた。編集室を借りずにPCでの編集を選択した理由は、編集室代を浮かせる代わりにポスプロ作業に時間を掛け、クオリティを上げるためだった。
「予算が限られた中で、そうやってクオリティを追求していけるっていうのは素晴らしいですね。一昔前だったらとても考えられないことです。今回は長尺で、オンエア分が全部で5時間くらいありました。素材としてはもっと莫大にあるんですけど、それがこんなコンパクトな仕組みで出来るっていうのは嬉しいですね」(江口氏)
別れのシーンで登場人物たちの目に浮かぶ涙からも、江口氏の画作りへのこだわりが窺える。涙によって瞳の光が僅か数ピクセル変化する、役者の渾身の演技をきちんと捉えることで、初めて人の心を震わすような映像を作ることが出来ると熱弁する。
「表情って本当に凄いなって思うんですよ。色んなことを物語っていて、受け手である視聴者もそれを見て色んな情報を感覚的に受け取っているわけです。感極まって流れた涙の演技が映像として映っていないと、泣いてないのと一緒になってしまう。せっかく素敵な芝居をしてくれても、それを映像で掬い取ることが出来なければ、何にも伝わらないのです」(江口氏)
視聴者の視線をコントロールするレンズやカメラワークには、全て意味を持たせる江口氏。ドラマで多用されるが、視聴者の視線と乖離しがちなズームとワイドショットは、理由がない限り、本作では使わないというルール決めをした。そして、選んだのは、F値2.8の明るいEFレンズ3本(EF16-35mm F2.8L II USM、EF24-70mm F2.8L II USM、EF70-200mm F2.8L IS II USM)に、F値3.5-5.6のEF28-300mm F3.5-5.6L IS USMを加えた計4本のEFレンズだ。
「明るいレンズであるにこしたことはないんですが、今回はメインにF値2.8のレンズを3本選びました。スタジオのライトは、F値4.0で一度照明を設計してもらい、撮影時にはND0.3のフィルターを入れて、F値2.8で撮っています。被写界深度が必要な場合やハイスピード撮影時は、NDを外して対応するようにしました。ナイター撮影でも同じレンズです。4本目のEF28-300mm F3.5-5.6L IS USMのレンズはスタビライザー(手ブレ補正機構)が掛かるので、走るシーンや自転車のシーンなどで並走して撮る時に使っています」(許斐氏)
第2部第13話「さらば、八重山」の巻より、海野夫妻と共にずっと働いていた従業員の八重山が独立する別れのシーン。江口氏は蚊帳越しの撮影には不安を抱いていたが、美術の山本氏の「この時代はどうしても蚊帳だ」というこだわりに賭けた。モアレなどを起こすことなく、雰囲気のあるカットに仕上がっている。
最後に紹介されたのは、第1部から、江口氏が「いつまでも見ていたい」と言うほど気に入っている、家族が博多港で再会を果たすラストカット。徐々に朝日が昇り、再会の涙を流す海野一家を柔らかく包んでいく感動の場面だが、実は時間軸とは逆に撮られている。
「引き上げ船は夜に港に着きます。そのため、朝焼けを想定したシーンなんですが、実際はエキストラの関係などもあって夕方に撮っています。つまり、時間を遡りながら撮っているんです。本当は日が沈んだ直後に撮る予定でした。当日、日が沈みそうだったので、富田靖子さんにちょっと立ってもらってアングルチェックを始めたら、逆光で夕日がバーっと当たってきて、ハイライトが入ってるのがめちゃくちゃ良かった。本当は1時間後くらいに撮影予定だったんだけど、バタバタと「今すぐ回せー!」って言って(笑)。
このシーンは、この光があったから良かったなって思う。こういうラッキーが他にもいっぱいありました。その度にバタバタと慌ててカメラを回すんですが、今逃したくない瞬間に対応出来る機動力のあるカメラは、監督として妥協せずに済む嬉しさがあります」(江口氏)
EOS C300での撮影について、許斐氏が「どのシーンが良かったのか選ぶのが難しいくらい、どれも凄くいい画が撮れたと思います」と語るように、従来のTVドラマを超えた丁寧で美しい画作りを徹底した「めんたいぴりり」。江口氏は「EOS C300のような価格帯でこのクオリティは、数年前では考えられませんでした。ワークフローも含めて、そのおかげで出来た部分はあったと思います」と振り返った。全編を観ていないという方は、2014年8月20日に発売されるDVDでぜひチェックしてみよう!
dir: 江口カン|writer: 東憲司|td: 今泉浩史|ca: 許斐孝洋|l: 梶原公隆|r: 福田有希|art: 山本修身|assistant dir: 山崎樹|prod: 谷尚明|rec: 原田侑子|ed: 飯塚泰雄|ma: 大町龍平|filming in cooperation: 福岡市、北九州市|sp support: 株式会社ふくや、株式会社めんたい|song: "夢を抱きし者たちへ" by 風味堂|pr: 瀬戸島正治、本田克哉(VSQ)|ex pr: 山崎浩一郎|制作協力:株式会社ビデオ・ステーション・キュー|prod/rights: テレビ西日本