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私は純喫茶に行く。病める時も、健やかなる時も。

公開日:2021年4月26日

最終更新日:2021年7月25日

Text & Photo :Rina Namba

人それぞれ子供の頃から変わらずときめくものがあるはず。今回お話しを聞いた難波さんにとっての純喫茶はまさにそれ。「東京喫茶店研究所二代目所長」を名乗るほど純喫茶に惚れ込み、今でも醒めやらぬ恋心を抱き続けているそう。大切だからこそ、愛情が強いからこそ、写真に撮る時のマナーや心遣いが大事。敬意を払ってシャッターを切り、今日も昭和の風景をていねいに遺します。

PROFILE

難波里奈(なんば・りな)

日中は会社員。日暮れから東京喫茶店研究所二代目所長。今までに数千件の純喫茶を巡り歩く。

ずっと変わらない私の「好きなもの」

香ばしいケチャップの匂いに食欲をそそられるナポリタン、色とりどりでまるで宝石のような果物たちに飾られたプリンアラモード、黄金色したホットケーキの表面をすべり落ちるバターの柔らかさ、泡が弾けるクリームソーダの向こう側……。

昔からそういうものばかりにときめいてきました。大人になったら興味の対象も変わるのかな、と思っていたのですが、好きな食べ物も、選ぶ洋服も、ときめく風景も、わくわくする瞬間も、その頃とほとんど同じまま。むしろ年を重ねるごとに少しずつ苦手なものが減っていって(鈍感になったともいえます)、逆に好ましく思えるものが増えていきました。心の宝箱はいっぱいになってしまうと蓋が閉まらないから、今の自分には「しっくりこないもの」が少しずつ零れ落ちて、全体のバランスを保っているのかもしれません。そんな風に、宝箱に残ったものが、今の自分を作っているのでしょう。

日々を生きていくなかで、「好きなもの」の存在はとても大きいと思っています。決して楽しいことばかりではない日々。ときには心がくじけることがあっても、負けずに次の日へと気持ちを繋いでくれるのは、他の人からすると、たわいもないようなことだったりするのかもしれません。

純喫茶に恋い焦がれて

私の場合、純喫茶がそうでした。

好きになったきっかけはいくつもあって、そのうちのひとつは昭和の時代に使われていた家具や雑貨、インテリアにとても惹かれる自分に気付いたことでした。部屋を好きなもので満たしても、使わないまま埃をかぶって埋もれてしまうのではもったいない。それならば大変な思いをして模様替えをするよりも部屋を着替えるように毎日違う純喫茶へ出掛けよう。そう思い立ったのです。実際、店ごとに表情ががらっと違う空間へ訪れる楽しさは想像を遥かに超えるもので、いまでもその恋心は醒めずにいるのです。

なんとなくわくわくする日、少し落ち込む出来事があった日、悲しい記憶を思い出してしまった日……。どんな時でも自然と純喫茶へ足が向かうほど、生活の一部となっています。日頃から会話するマスターの店ならば、そのちょうどよい距離感から胸の内を打ち明けることもありますし、また顔見知りではない店だからこそ、自分の存在をそっと消し、空気のようにその場所に溶け込んで感情の波が凪ぐまでただ時間を過ごすことも出来るのです。

「純喫茶の魅力は?」と聞かれれば、「珈琲一杯の値段で入場可能な『生ける昭和博物館』であるから」とお伝えしています。現在では再現出来ないゴージャスなインテリアは訪れた人たちの目を楽しませ、快適な室温や、会話の邪魔にならないBGMが落ち着きをもたらしてくれます。さらに、買わずとも最新の新聞や週刊誌を読むことが出来る便利さ、誰かとおしゃべりをする場所の提供、座り心地の良い椅子に腰掛けているだけで冷たい水やおしぼりを持ってきてくれてその場で注文も受けて下さるお店の方のホスピタリティ。それから、熱々の手作り料理を朝から晩まで自分の好きな時間に味わうことができる素晴らしさ!おなかが空いていなければ飲み物だけでも、空腹ならボリューム満点の食事メニューやサンドイッチなどの軽食、またパフェなどのあまいものまで揃っている「食の百貨店」でもあるのです。

ほかにも「純喫茶で過ごす際のマナーは?」という質問を受けることも多々あります。あくまでも自分の中のルールですが、周囲に眉をひそめられるような振る舞いはしないこと。俯瞰で自分を眺めたときに恥ずかしくないこと、同じ空間に好きな人や尊敬する人がいたと仮定したときに後悔するような所作をしないこと、に気をつけています。

それに心動かされる純喫茶に出会ったら写真に遺しておきたくなるのも常で、そんなときはたった一枚だとしてもお店の方に必ず許可を頂くように。もし撮影禁止だったならば残念な気持ちになってしまうのも分かりますが、勝手な行動をして心にしこりを残すより、すっきりした良い想い出を持ち帰るほうがずっと大切だと思っています。

ロマンティックに記憶を閉じ込めて

純喫茶で撮る写真に私がこめるのは、自分の目で見えている以上に美しく一瞬を閉じ込めたい、という想い。愛しい友人や恋人、家族にカメラを向けるような気持ちでシャッターを切るのです。(もちろん、お店のたたずまいや雰囲気など、実際の姿は訪れた人たちの目で見るべきだと思うのですが、写真に遺すのであればそのような気持ちで臨んでいます)

その対象への愛情が強ければ強いほど、綺麗に撮っておきたいので、あとでトリミングをしなくてもいいよう余計なものを画角に入れないよう配慮し、画面いっぱいを好きなもので満たしています。最大限の注意を払うのは、食事メニューを撮るとき。あたたかいメニューなら冷めてしまわないうちに、アイスクリームが乗っているメニューなら溶けてしまわないうちに。あくまでも出来立て、おいしいうちに食べてほしい、というお店の人たちの気持ちを裏切らないよう、迅速に撮影することが大切です。

写真というものは本当に素敵な技術です。誰かに見せたい瞬間を閉じ込めて、あとから何度でも共有出来るなんてとてつもなくロマンティックなことではないでしょうか。そして、それを見て興味をもった人が、一瞬のときめきを辿ってその場所へ出掛ける。そのつながりから、リアルな「その場所」はますます活きるのです。ここ数年の間に思いがけないようなことがいくつも起こった世界だからこそ、いつでも見られると思っていた光景なども遺しておけたなら。そうすれば、いつかその風景が失われてしまっても、その時の温度や匂いまで鮮明に思い出すことができるでしょう。

これからも今までと同じように好きなものだけを追いかけてずっと暮らしていけたならと思っています。まずはその目に。それからカメラに焼き付けて。日を追うごとに愛しいものが増えていく日常は、何よりも自分自身にとって幸せに違いありません。

好きをかたちにするヒント

大好きなものを撮ってみよう

好きなものを飾ったり、写真に残したり、アルバムにしたり。あなたの「好き」をかたちにするアイデアをご紹介します。

純喫茶でクリームソーダを撮ろう

お店によっていろいろな種類のあるクリームソーダ。少し暗めな室内ではなるべく明かりのあるところで撮影してみましょう。

「ファンタジー」を撮る

喫茶店に行くまでの道のりも、実は「ファンタジー」にあふれているのかもしれません。写真家・鵜川真由子が撮り下ろした東京の景色をのぞいてみて。

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私は純喫茶に行く。病める時も、健やかなる時も。
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