銭湯に癒し救われた日々。銭湯図解イラストで湯の個性を描き出す。



Photo & Image : Honami Enya

銭湯とは「ケの日のハレ」。すなわち「日常の中にある非日常」と話す塩谷さんは、かつて銭湯に癒され、その後番台となり、銭湯をわかりやすくイラスト化した「銭湯図解」を描いたことから一躍、時の人に。その後、念願のイラストレーターとしても活動を開始。振り返ると、銭湯は彼女の人生を加速させる鍵だったのかもしれません。暮らしの軸足が銭湯から離れた今でも、塩谷さんにとって銭湯は特別な場所だそう。今回は、そんな彼女ならではの銭湯の見方、おすすめについて伺いました。

 

プロフィール

塩谷歩波(えんや・ほなみ)
高円寺の銭湯「小杉湯」に勤めたのち、現在は絵描きとして活動。銭湯内部をわかりやすく図解する「銭湯図解」をこれまでに100枚以上描くなど、銭湯好きの銭湯通。
Instagram:@enyahonami

銭湯は毎日がお祭り

銭湯には本当にいろんな人がいます。

毎日同じ時間にくるお母さんとお子さん、そしてその母子を見守りつつ、ときに面倒を見てくれる見知らぬおばあちゃん、文句ばかり言う割にパチンコの景品をくれるおじいちゃん……。

とある地方の銭湯で出会ったおばあちゃんは自分の体を洗いまくったタオルで背中を流してくれました(申し訳ないことに内心では「うわっ」と思ってしまいましたが、御婦人の好意を無下にはできません)。

一事が万事そんな状態ですから、銭湯にいると「こんなことが起きるの?!」と驚き通しです。かつて高円寺(東京)にある小杉湯で番台を務めたときも、裏方として日々ユニークな方々とともに数々のハプニングを乗り越えてきました。今思えば、自分の人生に、そのような「毎日がお祭り騒ぎ」な時間があったのはすごく良かったと思います。

銭湯について、私は「ケの日のハレ」という表現をよくつかってきました。それは、日常(=ケ)の中にある非日常(=ハレ)であることを喩えたものですが、現在、銭湯で働き、銭湯に浸かって帰る銭湯中心の生活から一転し、日常的に家風呂に浸かるようになってから、その言葉の意味をあらためて実感します。癒されに行く場所というよりも、元気になりたいときに行く場所としての銭湯は、まさに「ケの日のハレ」というほかありません。

ワンコインで堪能できる天国

東京都内にある銭湯の数はおよそ500軒。業界最大手の某ハンバーガーチェーンと同じくらいあると言われています。みなさんの家の近くにも、探せば実は案外あるものです。入浴料は1回ワンコイン。湯船に浸かれば気持ちが晴れ晴れしますし、なぜか普段話せないような胸の内がこぼれて、すこし楽になったりもします。そう考えると銭湯のコストパフォーマンスはかなり良いのではないでしょうか。

読者の方々に足を運んで欲しいおすすめの銭湯はいくつもありますが、お風呂そのものの面白さから2軒ご紹介します。まずは押上(東京)を最寄駅とし、東京スカイツリーの真下に位置する「薬師湯」。こちらは業務用の入浴剤を組み合わせ、ありとあらゆるブレンド風呂などが楽しめる銭湯。ときにトムヤムクンの香りが楽しめるなど、個性豊かなアイデア風呂に出会えます。これは運営元のみなさんがかなり入浴剤に詳しいからこそ為せる工夫です。

もうひとつは、かつて私が勤めた「小杉湯」。こちらでは「もったいない風呂」の名で「やむなく捨ててしまうもの」、たとえば売り物にできない傷物や形の悪いりんご、チーズを作る過程ででる「ホエイ」などをそれぞれお風呂にいれる取り組みをしています。その際お風呂に活用するだけではなく、関連商品を一緒に販売しPRするなど、生産者の方々といい関係性を築き、高円寺の街の人を結ぶきっかけづくりにもなっています。

マニアな目線で銭湯をわかりやすくイラストで解説

銭湯にあまり馴染みのない友人に銭湯の良さを知ってもらおうと、何気ない気持ちで描き始めた「銭湯図解」。気づけば100軒以上の銭湯を訪ね描きましたから大体の銭湯の構造をぱっとイラストにできるようになりました。もはやただの銭湯好きではないですね(笑)。

書籍「銭湯図解」(中央公論新社)より

描くときには、角度がついている洗い場やシャワーの部品が見たことのないほどひらべったいなど、マニアっぽい目の付け所をピックアップして説明を添えています。

イラスト化したこれらの視点は私自身が銭湯に入るときの目の付け所とも一致します。湯船に浸かってしばらくは純粋に「気持ちいい」と思っているんですけれども、そのうち「おやおや」と銭湯内のあれこれが気になってきて。

番頭目線で「銭湯あるある」と感じるのは、入浴剤と塩素の絶妙な配合具合。お風呂に入っている塩素との相性で入浴剤の色が抜けてしまうことがあって、入浴剤が入っているのに無色透明の湯船を見れば、「塩素と相性悪かったんだね……」と、さらには、裏方をしていたので「(身体への影響はない)着色用の粉もあるのになー……」と思うこともあります。

だからと言って咎めたくなるとかそんなことは全くなく、「今日も銭湯を開いてくれてありがとう!」と感謝でいっぱいなのですが。

書籍「銭湯図解」(中央公論新社)より

銭湯とともにある、理想の過ごし方

なにかと暮らしが制限されがちな今のご時世。もし今じゃなければ、近所を流れる感じの良い川べりをランニングして、その後銭湯で湯船に浸かり、サウナに入って汗を流し、さっぱりした後にお酒を飲みに行きたい。これが私にとっての、銭湯のある、理想の過ごし方です。湯上りに番台さんに近所のおすすめの飲み屋を聞けば、きっと最高な一軒を紹介してくれるはず。銭湯を軸にした、楽しい時間が完成することお墨付きです。

私はかつて銭湯に救われ、銭湯で働き、銭湯を通じて新たな人生を選びとりました。その間、銭湯との関わりかたは少しずつ変わり、今では「いつでも帰れる居場所」として大事に思っています。

それは、きっと私だけが思うことではないでしょう。銭湯とは、一部の人のためのものではなく、誰にでも開かれている場所ですから。だから「少し疲れたな、いっぱいいっぱいになっているな」と感じたら是非訪れてみて欲しい。

世の中にはいろんな人がいると気づけて、少し楽になるかもしれません。

かつて私が心身のバランスを崩して仕事を休まざるを得なかったとき、昼の太陽の光にあふれた、きらきらと輝く銭湯の湯船に浸かって安らぎを得たときのように。

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