パンとは生きることそのもの。
すぐそばにある、幸せとインスピレーションの源。



Text : Hiroaki Ikeda
Photo : Hiroaki Ikeda,Nobuhiro Toya
Special thanks : nukumuku

身近なものが突然、かけがえのないものだったと気づく。パンラボを主宰する池田浩明さんにとってパンはまさにそんな存在。以来パンを見つめるたび、食べるたび、心の底から愛情が溢れ、世界が違って見えるようになったとか。そんな池田さんに伺ったのは惜しみないパンへの愛情と、そんな対象に出会うための「世界の愛し方」。あなたの「愛しいもの」探しのヒントになるかも?

プロフィール

池田浩明(いけだ・ひろあき)
パンの研究所「パンラボ」主宰。日本中のパンを食べまくり、パンについて書きまくるパンおたく。
Instagram:@ikedahiloaki

ひらめきの種、パン。

「プルースト現象」という言葉を知っているでしょうか?
マルセル・プルーストというフランスの小説家が、マドレーヌを食べた瞬間に、子供の頃の記憶をまざまざと思い出し、それをきっかけにして生まれたのが大長編小説『失われた時を求めて』だといいます。

私にも似たようなことが起きたのです。
自由が丘の「パティスリー・パリセヴェイユ」で買ったブリオッシュを公園で食べていたとき、いままで食べたいろんなブリオッシュのことを次々と思いだしていきました。

こちらはブリオッシュ生地を使用したパン・オ・レザン

人生で最初に食べたブリオッシュ。
小学校2年のとき、近所にできた「ポンパドール」で母が買ってきてくれたものでした。
当時の私には、それは最高に甘美なものに思えました。
なにより、その形です。
大きめの丸の上に小さめの丸がくっついた、ダルマのような形。
私はそれを食べ終えるのがとてももったいない気がして、噛まずに口の中で溶かして、その甘さを心ゆくまで味わいました。

パリで食べたブリオッシュ。
渡仏して最初の朝、移民街に迷いこみ不安な気持ちでいたとき、1軒のショコラティエを見つけ、そこに自家製のブリオッシュで作ったパン・オ・ショコラがあったのです。
卵の味が豊かなとてもあたたかな生地の中で、酸味がきいていてカカオの香りにあふれたバトンショコラが溶けていきました。

そんなふうに、頭の中にいくつものブリオッシュの思い出が駆け巡ったとき、パンを食べてこんなにいろんな思いがあふれるのなら、パンについて書くことを仕事にしてもいいのではないかと思い、パン専門のライターになりました。

私は、そのときから、新しい目線で世界を見るようになりました。
パンは見つめれば見つめるほど、いままで以上にいっそう愛らしい表情をしはじめたのです。
すべてのパンに個性があり、すべてのパンに素材の味や、作り手の思いが反映されている。
そのことを発見した私はどんどんパンに夢中になりました。

そして、私が気づかなかった、世界の至るところにパンはいたのです。
きらびやかな人気ベーカリーはもちろんのこと、コンビニの棚、ファミレスのメニューの隅っこ、テレビのニュース、映画のワンシーン、駅のミルクスタンド、部活帰りの高校生の自転車のカゴの中。
そこに注意を向け、調べ、思いをめぐらせて見ると、必ずおもしろいこと(事実であれ想像であれ)が浮かんできて、パンについて書くことのネタは尽きないのです。

パンを愛する、世界を愛する

私は日本全国、ときには海外のパン屋さんに出かけていき、そこで食べた、おいしかったパンについて、ネットや雑誌、SNSなどで伝えています。
私の目標は、いま自分が食べて感じているこの感動を、読んでいる人の頭の中に浮かべて、幸せな気持ちになってもらいたいということです。

もしあなたがなにかを好きになりたかったら(もうすでに好きなものがあるという方はもっともっと好きになりたかったら)、その対象をじーっと見つめてあげてください。
目をそらさず、まばたきすらせず、じっとじっと見つめたとき、目の前をおおっていた半透明の膜のようなものが溶け、生き生きと愛おしくそれが見えはじめるはずです。
そうしたら、その感覚をゆっくりと味わってください。
頭の中をカラフルなイメージがめぐり、万華鏡みたいに、あなたをとりこにして離さないはずです。
それが、私のパンの食べ方。
ひょっとしたら食べ物だけでなく、他のものにもあてはまるのでは?
それが世界を愛する方法なんじゃないかな、と私はひそかに思っています。

私はある日、どういう風の吹きまわしか、youtubeで高校の生物の授業を見ました。
現役時代は眠くて仕方ないだけの代物で、「そういえば習ったかな?」ぐらいにしか記憶してなかったのですが、そこにもパンがいたのです。
植物が光と二酸化炭素を得て炭水化物を作りだすはたらきを「同化」(光合成)といいます。
私たち生きとし生けるものが活動するエネルギーの源がここにあります。
小麦の茶色い粒を割ると現れる、真っ白な胚乳(はいにゅう)にはこのエネルギーがぱんぱんに詰まっています。
パンの輝くような白さは、植物が作ってくれたエネルギーの色なのです。
私たちが生きるために必要欠くべからざるものだから、あんなに魅力的なのではないでしょうか。

だから、パンとは生きることそのものだと、私は思っています。
私たちを生かしてくれている大自然の恵みの象徴だと。
人類史上いままで何個のパンが作られてきたか、1日何個のパンが地上に産み落とされてくるか、私は知りませんが、途方もない数を思うとめまいがします。
そのひとつひとつが、パン職人さんの手によって作られるのです。
尊い仕事は、私にとって、いくらリスペクトしてもしすぎることはないほどです。
両手にぷるぷるとした感触を伝えてくる生地、オーブンから出てくるときのすばらしい香り。
それはきっとパン職人自身にたとえようのない幸福を与え、そして私たちのもとに届けられるのです。
私もこのリレーの伝え手になって、パンの幸福を伝えていきたい。
そのことを、私は自分の使命のように考えています。

パンノート、つくってみませんか?

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美味しいもの記録

これまでに食べたおいしいパンを、自分なりにノートにまとめておきましょう。あとから見返すのもとっても楽しいですよ。

手作りノート

パン好きなら、一度は気になったことのあるパンの歴史や由来。写真入りで手作りノートとしてまとめてみましょう。

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