第5回キヤノンフォトグラファーズセッション

写真と生きる。

さらに上をめざす、若き写真家たちへ。第5回 キヤノンフォトグラファーズセッション

ワークショップ講師 ハービー・山口 瀬戸正人(敬称略)

第5回キヤノンフォトグラファーズセッション ファイナルセッション・レポート

第5回キヤノンフォトグラファーズセッション ファイナルセッション・レポート

2016年5月14日(土)、キヤノンプラザ銀座にて、第5回キヤノンフォトグラファーズセッションのファイナルセッションが開催されました。講師のハービー・山口、瀬戸正人両氏の指導のもと、1月23日(土)のファーストセッション、3月26日(土)のセカンドセッションと、10名のファイナリストたちは熱く、深いワークショップを体験。2回の指導を経て、このファイナルセッションでは新たに撮影した作品、構成を見直し仕上げた写真集と写真展展示案をプレゼンテーション。会場にカメラ誌の記者たちが数多く出席するなか、2名のキヤノン賞受賞者が選出されました。ファイナリストたちの熱いメッセージ、それに対する両氏の意見、感想の言葉をここでご紹介します。

第5回キヤノンフォトグラファーズセッション「キヤノン賞」受賞者

ハービー・山口グループ 宛 超凡(えん ちょうはん)さん タイトル: 水辺にて

瀬戸 正人グループ 小松 里絵(こまつ りえ)さん タイトル: 紡ぐ

第5回キヤノンフォトグラファーズセッション「キヤノン賞」受賞者

キヤノン賞のお二人の作品は、9月8日(木)~9月14日(水)キヤノンギャラリー銀座、10月6日(木)~10月12日(水)キヤノンギャラリー梅田で開催される「キヤノン賞受賞作品展」で展示されます。あわせて、9月7日(水)~9月26日(月)オープンギャラリー品川でファイナリスト10名による合同写真展「ファイナリスト展」を開催します。どうぞ、ご期待ください。

ハービー・山口グループ:プレゼンテーション

中丸 ひなこ(なかまる ひなこ)さん

タイトル

築地人

中丸 ひなこ(なかまる ひなこ)さん

私が築地市場を撮り始めたきっかけは、高校の頃、所属していた写真部での夏合宿でした。最初は凄い勢いで走るターレー(運搬車)や、魚の生臭さ、人の多さに圧倒され、恐怖を感じ、すぐに帰りたいと思いました。ですが、あるおじさんに声をかけ写真を撮らせていただくと、さっきまで真剣だった顔が一気に優しい笑顔に変わりました。その瞬間、私が撮りたいものはこれだと感じました。それが、築地で働く人の魅力がいっぱい詰まった築地人です。築地には私の五感をすべて使っても追いつかないほどの刺激があって、まるで別世界です。撮り始めて五年になりますが、毎回新しい発見があり、楽しくてたまりません。展示案ですが、おじさんたちの迫力がより伝わるように可能な限り写真を大きく伸ばしたいと考えました。ギャラリーに来てくれた人に私が感じた築地を体験してほしいと思ったからです。そして写真集ですが、市場の風景や魚のカットも入れ、市場全体の空気感を伝わるようにしました。1935年に開場した築地市場は、今年の11月に80余年の歴史を閉じますが、最後まで築地人を撮っていこうと思っています。

ハービー・山口氏の講評
築地の人たちに温かく受け入れてもらえたのは、中丸さんの人なつっこい性格があったからかもしれませんが、そうした関係に甘えることなく、長い時間をかけて撮った写真にはあなたにしか写せない瞬間もある。ひとつの場所を集中して撮った写真はかけがえのない記録になりますし、これから写真活動をしていく大きな力になるはずです。カメラを意識しない築地の人たちの表情があると、写真集にもっと深みが出ると思いました。

瀬戸 正人氏の講評
このワークショップで最初に見せてもらった写真から、ずいぶん写真が違っています。何割くらい差し替えたのでしょうか。始めの頃より、ずっと写真が良くなっていて、築地市場の人や場所が好きで撮り続けていることがよく分かります。初めて写真集をつくったときの感動は、これから作品をつくるモチベーション、写真活動を続けて行く力になると思います。これからも、撮り続けてください。

久野 梨沙(くの りさ)さん

タイトル

SURFACE

久野 梨沙(くの りさ)さん

いろいろな街をうろうろ歩きながら写真を撮っています。行きたい場所は決めているんですが、ルートを決めることはありません。人の気持ちは毎日変わっていくものだと思うのですが、街の中の建物や道路、壁面も、天気や、光の具合、風などに左右されて、その表情が変わります。日常は当たり前のようにあって、とくに気にしていないと同じように思えてしまいますが、カメラを持って眼を向けているうちに、そういったささいな変化で日常が形成されているんじゃないかと思うようになりました。そこで、タイトルをSURFACE/表面という言葉に設定し、作品としてまとめました。歌舞伎町のホテル街の写真は、普段は大型トラックが停まっていて壁面も見えないのですが、そのときはトラックもなく、いつもの場所が普段と違う気がして、自分の中では印象に残った風景です。写真集は25枚で構成していますが、展示作品は撮影していくなかで、とくに強く感じた6枚を選びました。できるだけ大きなサイズで、細かなところも鮮明にリアリティをもって伝えたいなと思っています。

ハービー・山口氏の講評
前回のプレゼンのときはプリントがたくさんありましたが、今回の写真集を見ると点数も絞ってあり、久野さんの視点がずいぶんと明確になったと思います。自分の意図が写っている写真と、そうでない写真の見分け方ができるようになったのでしょう。漠然と見ていると気付かないけれど、その日の天気や時刻、光の有り様で変化する街の風景を街のポートレートとして捉えていく。その視点はとても面白いと思います。

瀬戸 正人氏の講評
SURFACE/表面というタイトルのように、写真は表面しか写せないけれど、写真が見せたいのは実は裏側の方なんですね。写っていない写真の裏側をどこまで想像させることができるか。それが写真の力だと思います。その意味で、久野さんの写真は力もあるし、可能性があると思います。もっと攻め込んで、さらに撮り続けながら写真の未来を考えていってほしいと思います。

宛 超凡(えん ちょうはん)さん

タイトル

水辺にて

宛 超凡(えん ちょうはん)さん

私は北京から車で1時間くらいの小さな町、河北で生まれました。2009年、故郷から離れ、嘉陵江という大河が流れる町の大学に入学しました。初めて嘉陵江に行ったとき、水辺にはお茶を飲んだり、麻雀をしたり、散歩したりする人がいて、私はその光景に惹かれ、毎日カメラを持って写真を撮りに行きました。それが今回の写真です。2013年、私は大学を卒業し日本に来ました。ときどき大学の近くの川辺を思い出し、もう一度、水の流れる音を聞きながらシャッターを切りたいと思って海に行き写真を撮りました。ファーストセッションで、ハービー先生は日本の写真より中国の写真がいいとおっしゃいました。そこで私は、写真とは二種類に分けられると考えました。ひとつは情がある写真。もうひとつは情がない写真です。私が日本で撮った写真は情がない写真かもしれません。日本で写真を撮るときにカメラの前の人々の生活と彼らを取り巻く社会環境をあまり知りません。傍観者としてシャッターを切りました。逆に中国で写真を撮るときは、中国のいろんな事情を知っているのでカメラの前の人々の生活などが想像できます。したがって、無意識のうちに中国の社会に対する私の見方というのを表現することになりました。この写真のテーマは、孤独です。私は写真とは撮影する人の心を写す鏡だと考えます。写真を撮るときカメラは外側に向いていますが、実際は自分の内側を記録しています。中国の写真は、自分を表す一方、中国人の心の中の悲しみ、疲れ、孤独も表していると思います。展示の仕方ですが、点数を絞ることで、はっきり私の気持ちを伝えることができると考えました。

ハービー・山口氏の講評
カメラを外に向けても、意志は撮影者の心に向いている。孤独な表現者とか、日本で撮った写真には情がないとか、宛さんの思いをいろいろ聞きました。望遠レンズで撮ったアップの写真はないけれど、淡々としたモノクロームの写真、少しザラついた感じのプリントに、中国の人々の心情が確かに写っています。日本でもさらに写真を撮って、日本人が気付かなかった日本人を撮ってほしいと思います。

瀬戸 正人氏の講評
ひとりの中国人として中国を撮る。それは僕らにはできないこと。この写真を見て感動しています。今までテレビで見ていた北京の高速道路や、上海の高層ビルはうわっ面の世界だったのかもしれません。モノクロの風合いもよく、懐かしいようでもあり、しかし古めかしくない。情の深い写真がたくさんあった、昔の日本に引き戻されたというか、写真の本質的な力を感じます。

伊藤 大幸(いとう ひろゆき)さん

タイトル

街のヒカリ

伊藤 大幸(いとう ひろゆき)さん

タイトルのヒカリは人を例えた表現で、人は信頼するに値するもの、いいものだという願望を込めて決めました。私は一人っ子で、人の輪に入るのが得意ではないので、最初は風景ばかり撮っていたのですが、そこから脱皮するために街の人たちを撮ろうと思いました。実際に声をかけてみると好意的な人も多く、あるカップルからは「せっかく撮ってくれるなら、いい写真を撮って」と言われました。それまで写真を撮らせてもらうのは申し訳ないなと思っていたのですが、カメラを向けて喜んでくれる人がいる。それは嬉しい発見でした。世の中、火事や震災など暗いニュースばかりですが、心温まるシーンも多いので、それをもっと世の中に出せたらと思います。人というのは見た目は別々の人間だけど、心の奥はつながっている。だから人は人を喜ばせたり、ハッピーにすることもできる。そんな存在じゃないかと思って撮っています。写真集は40枚、展示案は15枚選びました。笑顔のある写真と少し真面目な雰囲気の写真を入れて、軽くなりすぎず、重くなりすぎず構成してみました。

ハービー・山口氏の講評
平和なところで、平和なものを撮っただけと思われるかもしれない。でも、実際に撮ると、すごく難しい。ときには、「写真、撮るのをやめてください」と言われて傷つくこともあると思います。その場の雰囲気を壊さずスナップすることに成功しているのは凄いこと。ポートレートの場合、頭上を空けるフレーミングだと希望が写り、逆に靴まで入れるとリアリティが写る。僕の撮影スタイルと似た方法論で撮っていて、とても嬉しく思います。

瀬戸 正人氏の講評
伊藤さんは撮影現場で透明人間になっている。だれもカメラを見ていない。意識していない。あなたは透明人間としてその場を見ている。だから、人と人の関係とか、その場の空気感が写っているんですね。スナップの魅力がよく出ていると思います。ただし、露出オーバーの写真も入っていたので、そのあたりは隙を見せてはいけない。気をゆるめず、もっともっと撮っていってください。

堀部 辰之介(ほりべ しんのすけ)さん

タイトル

homesick

堀部 辰之介(ほりべ しんのすけ)さん

一昨年、息子が生まれ、去年、祖父が亡くなったことで、家族とは何だろうと考えるようになりました。僕なりに考察した結果、生まれたのがこの写真集です。全体を3つの視点で構成しました。1つは家族と歴史。家族の時間の流れを表現したいと思い、息子が生まれたとき、私が付けていた腕時計や祖父の腕時計、家紋というモチーフ、家の柱に刻まれた子供の落書きの跡などでまとめました。2つめは家族への憧れ。今は保育園や老人ホームが増え、家族が担っていた役割を外に出していく時代ですが、僕はそれ以前の古い家族像に憧れていて、その思いを一枚一枚の写真に投影しました。homesick/ホームシックというタイトルにもその気持ちを込めています。そして3つめが家族と家。家は家族が長く居る所なので、写真を展示する際、中心部を積み木の家のカタチになるように写真を配置し、妻や息子、祖父など歴史を感じさせる写真で構成。また、中心部の左側は誕生を示唆するために息子の写真で、右側は家から外れていく時間の流れを感じさせるために祖父の葬儀の写真などで構成し、家族の時間の流れを感じさせるよう工夫しました。この写真が家族や日常生活を考えるきっかけになればと思います。

ハービー・山口氏の講評
家族の捉え方に新しいアプローチがあると思います。欲を言えば写真に目新しさがあるともっといい。この視点を持ちつつ、誰もが撮れなかった写真、強烈な一枚、二枚があると理想的ですね。例えば、家族全員が一列に並んでいるところを後ろから撮影。毛がふさふさした若者、薄くなった老人、まだ映えていない赤ちゃん。世代の違いを表現する集合写真があってもいいと思いました。

瀬戸 正人氏の講評
誕生、家、死。その構成の仕方は面白い。しかし、惜しいのは家族の生活を具体的に見せる写真が少ないこと。家の壁を撮った写真とか、床に敷いてある絨毯の写真とか、事実を伝える写真がもっとほしい。古い家族アルバムをスキャンした一枚を加えてもいい。観葉植物など、雰囲気だけの写真を外し、リアルな写真を加えていくと、家族の現実、歴史が明確に見えてくると思います。

瀬戸 正人グループ:プレゼンテーション

廣田 比呂子(ひろた ひろこ)さん

タイトル

Samarkand Blues

廣田 比呂子(ひろた ひろこ)さん

2015年の夏、中央アジアのウズベキスタンという国に行きました。ヨーロッパとアジアの中間に位置し、シルクロードの交易の場所として栄えてきた国です。最初はなんとかタンという名前からして、すごく危ないところじゃないかなと不安な気持ちになり、インスタント食品をたくさん持って成田空港から出発したのですが、行ってみると青が美しい都でした。旅の目的は、二年に一度、サマルカンドのレギスタン広場で行われる世界東洋音楽祭「シャルク・タロナラリ」でしたが、中国の陶磁器とペルシャの顔料が出会って誕生した空よりも青いといわれるSamarkand Blues/サマルカンド・ブルーに魅せられて、街のあちこちを歩き回ってシャッターを切りました。滞在しているときは、警戒心ばかりあったのですが、笑うと金歯をのぞかせて微笑み、「どこから来たの?」とか、「向こうにいい場所がある」とか、人々は優しく親切で、楽しく写真を撮ることができました。展示案は、現地の人々や町の様子に絞って、どこかに青いものが入っている写真で構成しました。写真集も同じように、街の人、建物、音楽祭の様子なども入れてまとめました。

瀬戸 正人氏の講評
もう一度、追加撮影するのが難しいウズベキスタンという不利な場所での作品でしたが、撮ってきた写真をときには削り、ときにはもう一度探しながら、よく組み立てたと思います。セカンドセッションのときは、写真をテーブルの上に並べても青い色に眼がいかなかったのですが、写真集になってサマルカンド・ブルーの印象が強く写真に組み込まれ、統一感が出てきたと思いました。表紙の感じもいいですね。

ハービー・山口氏の講評
ウズベキスタンの古都、サマルカンド。そこの街ならではのブルーをタイトルに、いい構成になったと思います。どれもきれいな写真なのですが、もっと廣田さんの個性を出せると、こういう場所があるという紹介の写真とは違う、オリジナル写真になっていくと思います。独自な視点を導き出しながら撮っていくと、廣田さんにしか撮れない、もっと魅力的な写真になると思います。

河村 理沙(かわむら りさ)さん

タイトル

Telling Stories

河村 理沙(かわむら りさ)さん

撮影地はイギリスのロンドン。一昨年、3カ月ほど留学をして、それを機に撮り始めました。テーマは決めず、直感的に撮りたいと思った情景を撮ったものです。今回見直していたら、街の中のささいな出来事の写真が多いことに気付きました。曇ったバスの車窓を丸く拭いている老婦人。真夏の公園で水着になっている女性。冬の海辺で抱き合っているカップル。3カ月という中途半端な滞在だったので、観光客にしては長く、住人にしては短い、どちらでもない宙ぶらりんの視点で写真を撮れたんだと思います。Telling Storiesというタイトルは、作り話という意味。ロンドンの日々が自分にとって非日常と日常の中間にいる感じがして、現実感があるような、ないような、ふわふわした作り話を撮っているような気がしてタイトルにしました。このテーマで写真集は25点、展示案は19点、選びました。展示は二段にしたのですが、タテ・ヨコ自由に見てもらえたらと思います。展示順にも意味はなく、パリに比べて地味な色彩のロンドンで印象に残った赤を中心に配置しました。ロンドンは面白いことがたくさん転がっていると思うので、これからも撮っていきたいと思います。

瀬戸 正人氏の講評
街で知らない人を撮るのは難しいし、いきなり撮影すると問題になるかもしれない。でも、トラブルを防ぐ方法を河村さんはもう身に付けていると思いました。テーマを決めずに撮っているそうですが問題ありません。あとで決めたらいい。むしろ、一枚一枚の写真を見ていくうちに、次の写真のヒントが見つかることもあります。作品の新しいテーマや可能性は、全部自分の中にある。撮った写真を眺めながら、次、何を撮ろうか考えていったらいいと思います。

ハービー・山口氏の講評
私はロンドンに23歳から35歳くらいまで住んでいたので、撮った場所がすぐわかるくらい自分の血になっている街です。有名な街の写真はとかく説明的になりがちですが、あなたの写真は観光写真を超えて、あなたの表現になっている。旅人でもない、住人でもない、ほどよい異邦人の眼でロンドンを見つめている。美しいイギリスの音楽が似合う作品だと思いました。

大田 綾花(おおた あやか)さん

タイトル

5人ぼっち

大田 綾花(おおた あやか)さん

父と母と、3人の子ども。私は比較的裕福な家庭の中で、なにひとつ不自由なく育ってきました。しかし、大人になるにつれて、家族揃っての時間が減っていくのを感じていました。そんな2015年の夏。私は撮影で空手道場を訪れ、滝のような汗を流し練習に取り組む一人の少年に出会い、心を鷲掴みにされました。そして、その日のうちに空手の先生である少年の母に招かれ、食事をともにしていました。その日、その瞬間、私が出会ったのは、少し破天荒で、ちょっと変わっていて、そしてどこよりも笑顔の絶えない家族でした。「昨日、トイレ流してなかったよ」「これより安いティッシュ売ってなかったん」「帰るまでにご飯炊いといて言ったやろ」。プッと吹き出す会話が続くなか、そんな痴話げんかとおかまいなしに生返事をしながらポーっとタバコを吸うお母さんと、クイズ番組の司会者にいちゃもんをつけるお父さん。初めて入った家とは思えない光景が目の前に広がっていました。ですが、そこには羨ましさと愛おしさが確かに存在していました。もちろん、私の家庭と比べて、この家族の方が理想だとか、正しいと言うつもりはありません。この家族たちは私にたくさんの衝撃、笑顔、感謝、そしてお金では買えないものは何か、を教えてくれました。そして、これからの私はこの気持ちを忘れることなく、写真を撮り続けていくのだと思います。写真の展示案ですが、私が見つめた視点と同じように感じてもらえることをめざしました。5人の家族の出来事が、誰かの心に感動と衝撃を与えることができるなら幸いです。

瀬戸 正人氏の講評
赤裸裸な生活をどうまとめていくか、少し心配する感じもあったのですが、正装した家族写真があって、とてもよくまとまったと思います。この家の中は彼らの宇宙船、カプセルみたいなものです。そこがテーマになると思うので、家の外の写真はあまり必要ないと思います。写真集が30点近くあるなかで、展示案は10点ほどでしたが、いまの倍くらいあった方が、このパワフルな家族の姿を伝えられると思います。

ハービー・山口氏の講評
これは素晴らしい問題作だと思いました。包み隠さず、ありのままに自分たちの生活を見せてくれる家族。そこには、お金では買えない家族の絆や、幸せな様子が写し出されています。そして何よりも彼らと真っ直ぐ対峙し、あなたの過去と呼応しながら捉えた一枚一枚は、まさに「活写」。被写体になってくれた家族と化学反応しながら、互いに観察しあって撮った感じがよく現れていると思います。

小松 里絵(こまつ りえ)さん

タイトル

紡ぐ

小松 里絵(こまつ りえ)さん

私は祖母の実家が信州にあって、夏は家族でキャンプに行ったりしていたんですけど、冬に雪が積もるのを大人になって知って、訪れたのがこのシリーズのきっかけです。私自身のセルフポートレートもあり、過去、現在の自分と向き合って撮影した作品です。最初は冬だけの写真でまとめたのですが、瀬戸先生からそれだけじゃなくてもいいのでは?と言われ、いろいろ考えました。そのうち、自分よがりな作品になっていると思い、娘や他の人にも見てもらえるような作品をつくろうと、構想を新たに撮り直しました。四季を意識しましたが、冬がメインなので、重くなり過ぎず軽やかに見てもらえたらと思って構成しています。展示案は冬だけに絞って、ほとんど前回アドバイスいただいた内容にしています。最後のカットですが、ファーストセッションのとき、ハービー先生に蝶が舞っているような春らしい写真があればいいねと言っていただいたので、その言葉に合った写真が撮れたので写真集として完成したかなと思っています。

瀬戸 正人氏の講評
カラーとモノクロは別人格というくらい違っていて、両者が交ざりあうのは難しいのですが、よくまとまっています。モノクロの雪の写真にも色を感じますし、カラー写真にもモノクロの世界を感じる。とくに娘さんが渚を歩いている写真では、画面の右端にトンボが飛んでいて、とても面白い。二転三転していろいろ考えたからこそ到達できた世界だと思います。また、このシリーズには、カラー、モノクロが融合した、新しい写真の表現があります。もっとそこに挑んでください。楽しみにしています。

ハービー・山口氏の講評
前回、見たのが2カ月前。構成を変えてきてまるで別人の作品のようです。今までは、少しオドロオドロしいものを感じていたのですが、今日の一連の写真には特別なものは写っていないけれど、心地よさがある。イメージを与えて、あとは想像してほしいという、現代的であり、アートな表現。半分、見る人の想像力にまかせるようなつっぱね方がいいですね。それでいて、画面構成はオーソドックスなのがいい。前回から一皮も二皮も剥けたようです。驚きました。

宮川 繭子(みやがわ まゆこ)さん

タイトル

慄える靈

宮川 繭子(みやがわ まゆこ)さん

私は自分の中の弱いところを写真に撮っているので、タイトルは、慄(ふる)える靈(たま)としました。靈は意識と言い換えてもいいのですが、私の不安定な心理状態をさしているので、私の写真はきっと抽象的で分かりにくい心象風景になっていると思います。都会の淋しさの中で、明るい光を探して彷徨いながら撮っているせいか、私の被写体は、都会の中に落ちていたものとか、暗闇の中で見つけた光が多く、夕方から明け方までの写真が多くなっています。レストランの食器、バーのグラスなどのモチーフがあるのも、そのせいです。私はその場の空気というか、人の気、物の気の影響を受けやすく、心がいつもふるえているので、その気持ちに合わせたタイトルにしました。展示案ですが、写真はシンプルだけどインパクトがあると思っているので、点数は少なめで、大きなサイズで展示したいと思っています。

瀬戸 正人氏の講評
夢の中のような抽象的な写真と、鉄板の写真のような具象的な写真が交ざっています。何をめざしているのか、はっきり見る人に伝えるためには、もっと明確に、確信犯的に写真を選ぶことが必要。曖昧な写真が一点でも入ると、全体のイメージがぼやけてしまうので気をつけてください。今の状態では、写真集として未完成な部分がありますが、新しい写真表現、可能性はたくさんひめている写真だと思います。期待しています。

ハービー・山口氏の講評
淋しさとか、暗闇の中から一条の光を求める憧れ感。不意に心の中を覗き込まれたような、あやふやな感じ。そのイメージがとてもいいと思います。写真に力があるというか、非常にフォトジェニックな作品。半透明な風呂敷に包んで、これは何でしょうと、問いかけるような写真ですね。色彩の感覚もいいので、もっと自分に自信をもって、ミステリアスな世界を撮り続けてください。自分の良さ、能力をもっと認識するのがこれからの課題ですね。

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