第5回キヤノンフォトグラファーズセッション

写真と生きる。

さらに上をめざす、若き写真家たちへ。第5回 キヤノンフォトグラファーズセッション

ワークショップ講師 ハービー・山口 瀬戸正人(敬称略)

第3回キヤノンフォトグラファーズセッション ファイナルセッション・レポート。

第3回キヤノンフォトグラファーズセッション ファイナルセッション・レポート。

2014年5月10日(土)、キヤノンプラザ銀座にて、第3回キヤノンフォトグラファーズセッションのファイナルセッションが開催されました。ファーストセッション(1/25)とセカンドセッション(3/22)を通じて、講師である写真家 立木義浩・横木安良夫両氏の指導のもと、写真家をめざす10名のファイナリストたちが真剣に語り合い、新たに撮影した新作も加え、推敲を重ねた写真集と写真展の展示案がファイナリストたちからプレゼンテーションされました。講師からの温かく、時に鋭い講評で、セッション会場は熱気に包まれました。そして最終選考の結果2名のキヤノン賞受賞者が発表されました。

第3回キヤノンフォトグラファーズセッション「キヤノン賞」受賞者

立木 義浩グループ 牧岡 孝明(まきおか たかあき)さん タイトル: Photon belt

横木 安良夫グループ 北上 奈生子(きたうえ なおこ)さん タイトル: 6チャンネル

第3回キヤノンフォトグラファーズセッション「キヤノン賞」受賞者

キヤノン賞のお二人の作品は、8月28日(木)~9月3日(水)に開催される「キヤノン賞受賞作品展」(キヤノンギャラリー銀座)で展示されます。あわせて、8月27日(水)~9月2日(火)、ファイナリスト10名による合同写真展「ファイナリスト展」(オープンギャラリー品川)を開催します。どうぞ、ご期待ください。

ファイナリストプレゼンテーション
立木 義浩グループ

maesii(まえしー)さん

タイトル

刻まれる

maesii(まえしー)さん

一日一日過ぎていく中で、誰かの言葉、温度、表情が私の心に刻まれ、私は生きている。周りの人たちはどんどん変化していくのに、私はただ取り残されているように思えるときがあって、その孤独感を意識しながら写真を撮りました。何気ない出来事にも、人の匂い、影があると感じています。

立木 義浩氏の講評
最初のタイトル案は、「駆け抜ける」だったと思う。そのタイトルのように、君の写真にはある種の浮遊感や生きてる頼りなさがあって、いま熱狂出来るものに出会ってないのかもしれない。この写真のフォーマットが君にいちばん合っているのかも考えて、本当に撮りたいものを撮ること。

横木 安良夫氏の講評
写真を趣味として続けていくなら、このままでもいいけれど、写真を自己表現としていくなら、もっとたくさん写真を見たほうがいい。例えいま流行っている写真の手法が好きだとしても、そこを否定する心がないと、いつか行き詰まると思うので気をつけてほしい。

井上 尚美(いのうえ なおみ)さん

タイトル

しおり

井上 尚美(いのうえ なおみ)さん

私はずっと自分が嫌いでした。それを直すには私の痕跡がある場所へ行き、納得することが必要だと思いました。「しおり」という言葉には、クモが歩くときに体から出す切れにくい糸や、道しるべの意味があり、自分のかけらを探しに母の故郷、淡路島に行く私には意味のある言葉だと思い、タイトルにしました。

立木 義浩氏の講評
いましか出来ない、自分との向き合い方になっているかどうかが大事です。今回の写真はスタティックでこじんまりしてますが、あなたの足跡になるようなシリーズだと思う。四角い丸というか、写真にはそんな不思議な面白さがあるので、もっと丁寧に、もっと乱暴に、撮り続けてください。

横木 安良夫氏の講評
故郷を撮るのは、とてもいいことだと思います。だけど自分探しをテーマに自分の痕跡を撮っていっても、写真を見るのは他人。何も知らない他人にどう見せるか、そのためにどうするか。そこを考えた方がいい。文章で説明してくれるとよくわかるけど、説明しなくてもわかるのが写真ですからね。

野坂 茉莉絵(のさか まりえ)さん

タイトル

真夜中のマーチ

野坂 茉莉絵(のさか まりえ)さん

急速に変化する町の様子に驚き、夜、家の周りを撮り始めました。「真夜中のマーチ」というタイトルは子供の頃、不安を紛らわすためにマーチを口づさんだことによります。長時間露光で撮っていますが、写っているのは過去の自分や子供の頃の記憶でした。区画整理で消えるような場所を彷徨いながら撮りました。

立木 義浩氏の講評
野坂さんの写真には、演劇的な面白さがある。いろいろな演出がある中で、自分が写っている写真より、影だけとか抑制されている表現のほうがいい。写真は異界を表現することができる。あなたの場合、その入り口にいる感じがする。これをあと1年続けてください。予定調和の乱れを見たいな!

横木 安良夫氏の講評
ペンライトの手法は僕もやっていて、気持ちはわかります。だけどシンプルに表現していかなければ、自分の思い入れと違うものが混ざり、別のものになってしまいがちです。どうしたらテクニックが前にですぎないようになるか、工夫してください。

牧岡 孝明(まきおか たかあき)さん

タイトル

Photon belt

牧岡 孝明(まきおか たかあき)さん

宇宙や自然の不思議を作品に投影すること。普段見ることの出来ないクローズアップされた世界を写真で表現することをコンセプトに撮影しました。写真の幻想的な表現の魅力とは、ミクロのものを捉えたとしても、精密な描写力がギリギリのリアリズムとスケールを捉えることが出来るということだと思っています。

立木 義浩氏の講評
光る、輝く、ぎらぎら、ぴかりといった擬音語が似合う。極彩色で美しく、幻覚や妄想そして夢や狂気を孕んでいる。マクロ/ミクロがひとつになり、見る人の想像によっては宇宙の果てまで飛んで行けるところが面白く、新鮮な刺激を受けました。

横木 安良夫氏の講評
写真とは自分の身の回りしか写らない。たいていはカメラを持って外にでかけるか、誰かを自分のそばに呼んで撮るものだが、牧岡君はごく日常の中から、まるで化学実験のように、さまざまな可能性を試しながら、眺める宇宙を創造しようとしている。写真は肉体を使って撮るものだ。きっと彼の撮影方法も、肉体労働者のそれに似ているのだと思う。

千田 俊輔(ちだ しゅんすけ)さん

タイトル

ただ、少しざわついている。

千田 俊輔(ちだ しゅんすけ)さん

人でも風景でも決定的瞬間とは違う、少しざわついた瞬間を撮りたい。撮る前の過程を大切にしたい。自分の感情を客観視して、カメラという道具で愚直に繰り返す。写真は口をきかない。動かない。でも人を喜ばせたり、泣かせたり、怒らせたりできる。見る人の解釈を喚起する写真を撮りたいと思っています。

立木 義浩氏の講評
人も風景も等価値で撮っているというけど、圧倒的に人間に対する興味のほうが前に出ている。といって人の決定的瞬間は撮らない。無表情といえば無表情。でもそこにいる人間の関係性、捉え方が面白い。親しげであるけど、よそよそしい。そのあたりをテーマにする覚悟を決めて撮っていくと、もっと面白くなると思います。

横木 安良夫氏の講評
写真集の構成はいいと思いましたが、展示の仕方はちょっと考えたほうがいい。必要ない写真が混じっているように思えます。展示は写真集より点数も少ないのでシンプルにしていくことが必要ですね。

横木 安良夫グループ

矢部 朱希子(やべ あきこ)さん

タイトル

彼女の存在

矢部 朱希子(やべ あきこ)さん

地域で暮らす障がいを持つ人たちのポートレイトが私の写真のテーマです。施設や病院のベットの上だけではなく、ときには生命の危険を犯して外出し、自由に生きようとするその人たちの生き方にひかれ、写真を撮り続けています。一枚のポートレート写真でしか表現できないことは何か。被写体になる人と正面から向き合うことで、少しだけわかったような気がします。

横木 安良夫氏の講評
障がいを持つ人たちを撮るというのは昔からあって、撮り尽くされているとも言える。でも、最近はなかなかメディアに乗ることが少なくなってきているので、彼女たちの日常、例えばタバコを吸い、耳にピアスをしているパンクな姿とか、ありのままを正面から狙っていくのはいいと思う。被写体と決めたら遠慮しないで迫ってほしい。

立木 義浩氏の講評
被写体となる人たちと、どう向き合うか。そこに気持ちが入りすぎると写真は説明的になったり、ただの記録になったりする。あなたの気になるところを即物的に切り撮ることで逆に情緒も生れる。あなたの気持ちが倍になって表現出来る。そうすると説明的から脱却できると思います。

齋藤 茜(さいとう あかね)さん

タイトル

たまに赤ちゃん、たまに老人

齋藤 茜(さいとう あかね)さん

このタイトルは妹の日記から抜粋してつけました。彼女は19才の頃から心を患い、いま25才で年齢的には大人だけれど、いわゆる「大人」のようではない、という点が現在の彼女を表していると感じたからです。道に迷いながらも大人になろうとしている妹の日常を、スナップしたり、演出したりしながら撮っています。

横木 安良夫氏の講評
最初のタイトルは「冒険」だったけど、いまのタイトルはすごくいいと思う。妹はいちばん近いけど、遠い存在。最初はケータイで撮った写真もあって、どうなるかと思ったけれど、ちゃんとレベルが上がっている。撮れば撮るほど、彼女の気持ちが写ると思うので、これで終わりではなく、ずっと撮り続けてほしいですね。

立木 義浩氏の講評
全体に明るい写真一辺倒になっている。もう少し光の明暗を利用しないと妹の光と闇の輪郭を浮び上らせられない。でも彼女を追い込むことは避けてほしいと思います。家族を撮ることは、我が身を削ることになるのを感じてますか。長い時間撮る覚悟がいりますね。

森岡 剛洋(もりおか たけひろ)さん

タイトル

living in season

森岡 剛洋(もりおか たけひろ)さん

ポートレートを撮り続け、撮った相手に喜んでもらってきた。ファーストセッションのとき、横木さんから相手に媚ていないか、本当に自分の撮りたい写真か、と指摘された。これからは誰のためでもなく、自分のために写真を撮ろうと心に決めた。私は高校の教員なので生徒をモデルにし、真っ正面から向き合い、撮りました。

横木 安良夫氏の講評
応募作は、家族とかいろんな人を撮っていた。みんな元気だけど類型的でもあった。高校の教員という立場を利用して生徒を撮る。それは特権でもあるのでどんどん活かしたらいいと思う。ポートレート写真の撮り方は、表情レベルではうまい。あとは表情以外をどう狙っていくか。それがこれからの課題ですね。

立木 義浩氏の講評
女子高生たちと面と向かい合って撮ったあなたの写真。その中に、箸が落ちても笑い転げる年代の匂いがプンプンしている一枚がある。木村伊兵衛の写真に処女性が写っている写真があるけれど、おおげさに言うと、あなたにもそれがある。あのポートレート写真が撮れるなら、もっといける。

鴇田 紫音(ときた しおん)さん

タイトル

遠くを重ねて

鴇田 紫音(ときた しおん)さん

僕は子供の頃から外国に憧れていて、外国らしさの断片を頭の中に積み重ねてきました。いまは現実の風景に頭の中にある外国を重ね合わせて撮っています。もちろん、現実とイメージにはズレがありますが、予期しない一枚が撮れるときもあり、それが僕にとっていちばん近い外国なのかもしれません。

横木 安良夫氏の講評
想像の中の外国。それは妄想とも言えるけど、それを撮るには、現実の社会を歩いて探していくしかない。撮れば撮るほど、妄想は純化していく。1,000枚撮って1枚残し、以前に撮った写真と差し替える。その繰り返し。自分の中の視点というか、美意識を大切にして、もっともっと撮ってください。

立木 義浩氏の講評
想像力でつくった外国。現実社会の中の偽物くささを発見する面白さを発見していくうちに錯視が広がる。現代は本物と偽物が混ざりあった時代だから、これから先、その視点に立って撮っていくと、写真の幅がもっと広がります。毒気のある写真があると、また別の面白さが出てくると思います。

北上 奈生子(きたうえ なおこ)さん

タイトル

6チャンネル

北上 奈生子(きたうえ なおこ)さん

沖縄の日常で見つけた奇妙なものを中心に集めました。歩いているとき勝手に入ってくる情報によって人はどんな影響を受けるのか、どう変わるのか、興味があります。タイトルは、昔、米軍基地のテレビ放送を6チャンネルに合わせると視聴できたことにちなんで決めました。ドラマ、音楽、アニメなどがバラエティにとんだ番組だったのを覚えています。

横木 安良夫氏の講評
最初はもっと雑多で、もう少しニュアンスがあってもいいかと思ったけれど、どんどんよくなってきた。どの写真も沖縄ならではの被写体をストレートに捉えている。1点1点、面白くわかりやすい。だからこそ、必要なもの、不要なものを絞ったほうがいい。初めて写真を撮る眼で選ぶといいと思います。

立木 義浩氏の講評
沖縄のあちこちを見て、いろいろ発見しているのがよくわかる。写真家の東松さんの薫陶も受け、写真の愛に目覚めた感じがよくわかる。撮った写真はぜんぶ可愛いかもしれないけれど、違う種類の写真もあるので、うまく選ぶと「間」や「黙」が出てリズムがとれてくるから、もう一度、トライしてください。

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